あの人はここの人。いつもあの場所に。いつもこの場所に。 あの人は、どこの人? もしかしたらとんでもない間違いを犯したのかも知れなかった。 「貴方のせいじゃないわ」 「貴方は悪くない」 では、悪いのはいったいダレ? 「悪いのは、そうね――。いったい何が悪いんだろうね」 よくわからないことを言う。 僕が悪い訳じゃないとそいつは言う。ましてや彼女が悪いわけもない。 何が悪かったのか。どれが悪かったのか。 そいつに聞いても、結局はわからなかった。 では、これから僕は何をすればいい? 「貴方は何もしなくてもいいわ。いいえ、むしろ今の貴方には何もできない」 なぜ? 「だって、もうすぐ――終わるのだから」 「終わる…? いったい何が終わるっていうんだ?」 あぁ、そうか。 気付かない振りをしていただけだった。 このはかない空気…。ずっと感じていたわずかな違和感。 「全て、よ」 全部、終わってしまう。世界が、終わってしまう。もうすぐに。 そう、―― 「で? 何それ」 心底うんざりさたような表情を浮かべ、そいつらは言う。 「意味わからんわ」 …やはり理解はされなかったか。 まあ、かくいう自分でさえ何がしたいのかわからないのだから、道理なのだが。 自分には才能がないのかも知れない。 …いや、違う。才能ではなく、努力か? 人々を感動させるようなものを書いている人は、どうして書けるのだろう。 聞いてみたいが、あいにくツテがなかった。 このままだと自分は、いつまでもこんな物語を書き続けるのだろう。 なんでもないただの学校での昼休み。 友達2人と輪をつくっているところに女子の声が聞こえた。 よく知っている声。クラスメイト。 「えー、なになに、このノートがどうしたの?」 ひょいと、頭上から手が伸びてきて、ノートを奪う。 「なんてことない、つまらないものだよ」 僕はその手の主である彼女に言う。 「読むだけ時間の無駄だ」 言ってやった。自分で自分がイヤになる瞬間だ。バカバカしい…。ほんとにバカげている。 「…まじで言ってるの?」 ノートをぶんどった彼女の顔は、なぜだか真剣そのものだった。 キッとにらんでいる。僕をにらんで、そして―― 笑いだした。 「あっはっはっは! おっかしー! なによこれ」 彼女はいつの間にかノートに目を落としていて大笑いしていた。 僕は何がなんだかわからなかった。ついさっきまでにらまれていたと思っていたのに…。 あれ? 本当にそうか? そもそも彼女の性格的に僕を、いや人をにらむなんてことはしないのだから。 そう、僕は彼女の事は詳細に知っていた。 名前は楓。時見楓。早見小学校卒業。僕と同じ。 古見中学校卒業。僕と同じ。 そして恒明学園の1年A組に所属。やはり僕と同じ。 家…は違う。しかしほぼ同じだ。お隣さんであり、いわゆる幼なじみであった。 彼女は小さな頃から頭がよく、しかしそんなことを鼻にかけない朗らかな性格で、何より争いごとが嫌いだった。 …いや、嫌いになった。確か、もともとは負けず嫌いだった気がする。 ――いろいろ忘れてるじゃないか。思い出せ。 確か彼女は、上から82、53、80、24で、僕の理想な体型なのだ。 今年の夏に海水浴に行ったときは度肝抜かれた。まさかあんな大胆な水着でくるなんて。 あれはなんて言ったっけ。紐水着? いやいやそのままじゃないか。 ブラ…? ブラシャー? いやいやそれは似て非なるものだ。 確か国の名前だったな。ブラ…、ブラ…。 あぁ、そうか、思い出した。ブラジルだ。ブラジル水着だ。 彼女がそんなものを着てくるもんだから、海水浴場の人たちの視線が釘付けだったのだ。 いや、釘付けになる一歩手前だった。僕が気付くのがもう少し遅かったらそうなっていた。 僕はその時すごい勢いで、戸惑う彼女を更衣室に押し返したんだっけ。 そこで普通の水着に着替えさせたんだ。 彼女は換えの持ってきてないとか言うので、なぜか僕が持っていた彼女の中学校の頃のスクール水着を渡したんだ。 それがまたちょっと、ほんのちょっとだけ小さくなっていたので、ぴちぴちな状態になっていた。 でもブラジル水着よりマシだったからそれで泳いだりしていたのだ。 しかし、彼女のそんな姿を見て僕は ――バシン。 顔が痛い。パサリとノートが落ちる。顔がじんじんする。 「ま、まじでか…」 「うほっ、いいこと聞いちまった」 彼等がよくわからないことを言う。 「どうした佐伯、高村。僕が何か言ったか?」 「何ってお前…。なあ?」「くくく…、お宝情報、ってやつだよなぁ?」 二人して顔を見合わせて言う。口元をにやつかせて、よだれが垂れた後まで見える。 わずかに紅潮しているような気さえする。 しかし彼等よりも、彼女のそれは比ではなかった。 顔は真っ赤に蒸気しており、プルプルとふるえている。頭から煙でもでてきそうだ。 「は?何? ん…、んん!?」 もしかして。もしかするかも知れない。 彼等の言うお宝情報とは何なのか。その時僕は何を考えていたか。 その結果今の彼女の状態を考えると、想像にたやすい。 「あ、ああ…。まあ、なんだその、わる――」 「うぅぅ…、涼太のバカアアアアァァアァ!!」 そう叫んで彼女は駆けだしていってしまった。 最後に何を投げたんだっけ。直後にガイン!と大きな音が聞こえ、僕の意識はブラックアウトした。 頭には、「バカー!」という言葉が反響していた。 こうして葛桐涼太の一生は終えた…