「こんばんは、聡君! あなたを守る為にやって来た、顔子です。よろしくね」  彼女は何の前触れもなく突然、現れた。  普通、この手の運命的に起きる出来事というやつは幼い頃にフラグが立っていたり 俺の知らないところで親が子供同士の婚姻を約束していたりするものだが、そんな事もまったくなかった。  だが、フラグが立ったりするのは相手が存在する時だけだ。先ほどから声は聞こえているのだが姿が見えない。  幽霊かと思い始めた俺は恐る恐る質問を口に出した。 「あ……あの、どこにいるんですか?」  顔子と名乗った存在は、少し笑いながら答えた。 「あ・な・たの傍よ!」  ――数日後。 「なぁ、そろそろいなくなってくれない?」 「えぇー、やだよ。一緒にいたい!」  いつもと変わらぬ道を歩く。彼女と話ながら。  俺が通う学校は、この長い直線を抜け、坂を上がった高台にある。  同じ制服を着た生徒がたくさん歩いている。だが、誰もが俺たちを避けるように歩く。 「お前のせいで俺が人から避けていると思うんだが」 「そんな事ないよ! みんなこっちの方を見てるじゃん。私のあまりの可愛さに照れてるだけだよ。 よっ、聡君! こんな子を独り占めできるなんて最高だね!」  彼女と知り合ってまだ数日だが、この楽観的な性格には呆れさせられる。 このひしひしと感じる視線には、好意など含まれてない事などすぐに解るだろうに。 「正直、俺としては素早く、迅速に高速で今すぐ消え去って欲しいんだが」 「あれ……もしかして男君まで照れてるの? もっと、私の前では素直になってイインダヨ!」 「死ね! 氏ねじゃなくて死ね!」 「うわっ、ひっどーい。そこは死ねじゃなくて、グリーンダヨって返すとこでしょ」  はぁ、これから一日学校で授業があるというのに、この疲労感。こいつのせいで夜もゆっくり 寝られず疲れが溜まっているというのに、イライラの種まで植えられたらこっちの身がもたない。  彼女は、ずっと同じ場所にくっついていて離れない。余程、気にいっているのか、それとも そこ以外には『存在』できないのか。  俺たちが坂下にたどり着いた辺りで、こちらに手を振りながら近づいてくる男が一人。 「おはよう、聡に顔子ちゃん」 「あぁ、おはよう」 「おっはよー! 榊君は、今日も元気だね」  この榊と呼ばれる男は、同じ二年三組のクラスメイトで怪奇現象倶楽部とかいう部の部長を務めている。 顔子に興味があるのか、俺と顔子がこんな関係になってからよく話しかけてくるようになった。  顔子のせいで話しかけてくれる友人もいなくなってしまったので学校内では仕方なく、本当に 仕方なくだがこいつと会話をしている。 「さて、今日も言わせて貰おう。顔子ちゃんを僕にくれないか!」 「どうぞ、ご自由にお持ちください」 「ちょーーーーーーーーと待ったー! 聡君、即答はないんじゃないかなー」 「よかったな良い貰い主がいて、さっさと行け」 「うわぁぁぁん、聡君が、聡君が冷たいよー」 「俺が一度でも優しくした事があるか!」 「あ……そうだね。クール系格好いいね! 惚れた! 元からだけど惚れたぜ!」  顔子だけでも限界値を越えているのに榊までこのテンションだと俺の体力が登校するだけで 底を突いてしまいそうだ。 「さて、今日も言わせて貰おう。顔子ちゃんを僕にくれないか!」 「二度言うな!」  こんな不毛な会話をしながら歩いているうちに校門まで着いてしまった。 「いいか、顔子。授業中は喋るなよ。寝るのはいいが鼾をかいたり涎を垂らしたりするなよ」 「はーい、気をつけまーす」  聞き分けの良い子のようにいい返事だが、昨日も同じように返事をして涎を大量に流し 人の顔を涎まみれにしやがった。 「聡、顔子ちゃん、早くしないと遅刻になるよ」  顔子に注意事項を聞かせている間に、榊は下駄箱まで行ってしまっていた。 「はいはい、今行くから」 「レッツゴー!」  俺は彼女と共に校舎へ向かって走った。  彼女の名は顔子。俺を守る為と言って突然、額に現れた自称美少女人面疽だ。