「……純粋な恋って何さ? 恋愛なんて子作りのカモフラージュか小説家の飯の種だろっていってやったんですよ」  カフェというと気取っているが、政令指定都市の中心部の繁華街ともなれば結構気取った店もある。いわゆるシアトル系を売りにする店は、通路側をガラス張りにするのが大好きだ。そういう店の一つに、日がな一日座ってる女性がいた。常に一番よいソファーを占領しているので、意地になって奪い合い――勝率は悪い。こっちはそれほどヒマでもない――をしているうちに何とはなしにいろいろ話すようになった。何処の誰かは、未だに知らなかった。 「なにかを目当てにすると純粋じゃないんですよね? 恋愛って。特にセックスとか」  ときどき、こいつ話聞いてないんじゃないかとおもう。いまもガラス越しの雑踏に心を奪われているように見えた。 「純粋ってのがいかがわしいですよね?」  ふと黒い目がこちらを見ているのを気づく。注視していても気づくのがむずかしいが、微かに顔をゆすって見せた。つづけてごらん? という合図らしい。 「たとえば、相手に何かしてあげる、っていうのは愛情表現だとおもうんですよ。弁当を作るとか」 「要求されないのに好き好んでコストを負担するから?」  語尾に被せるように返事が来た。それなりにうるさい店内なのに、耳元にだけははっきり届く。未だにどういう発声をしているのかがわからない。  うなづいてみせると、向こうは殆ど手をつけてないコーヒーを一口啜った。 「でも純愛っていってもセックスだと過ぎる時間は同じじゃないですか」  このボックス席が奪い合いになるのは、天井にサイクロン吸引タイプの空気清浄機がついており、タバコが解禁されているからだったりする。彼女の今日のお供はJ&P。一日に一箱吸い尽くす気か……。 「一方的なコストの負担がないのに、セックスを愛情表現っていうのはおかしいんじゃないですか?」 「コストを負担しなければ愛情は表現できないという前提ならそうかもしれないわね」  ふと、さめたエスプレッソが気に食わなくなったらしく、カウンターに新たなカフェインを求めて旅立った。向かいの席の確保は良きライバルである俺に一任したらしい。 「私に無いものを与えてくれる彼が好きってセリフ、よくつかわれるじゃないですか」  戻ってきた彼女の前で続ける。 「さびしい女に彼氏が出来てぴったりはまったら、このカップルは離れられませんよね。摩擦がついて」 「男は女をポイすて出来ないかな? その場合は」  また興味が失せたらしく、ジッポをくるくると回し始める。このジッポが何処にしまわれているのか、未だに解らない。つけるときだけ手の中から現れ、タバコに火がついたとおもうとどこかに消えている。タイトにみえる服にはポケットが見えず、手持ちのバックもないのだ。 「ちなみに動物界では、メスの場合優秀なオスからは優秀な子孫が出来るって発想がこの摩擦になるんですよ」  フィルター寸前まで吸うなどというせこいことはせず、半分くらい残っている吸い刺しを優雅に潰しながら、まるで退屈といったふうに煙を吐き出だしていたが、こちらが言い切ったのを確認していたらしい。 「Newyork Time's Magazine」 「は?」 「ニューヨークタイムズマガジンて雑誌に、月イチでコラムを持ってる悪ガキがいるんだけど」  エスプレッソのカップを、ぐいのみを引っ掛けるように煽ってみせた。 「そこの最初の記事が、モンキービジネスっていうタイトルだった。イェール大学の研究を紹介してたんだけど、サルにお金を使い方を教えるって言う話。で、その研究グループはサルが買春してるのを見たことがあるって」  J&Pをテーブルにトントンと打ちつけ、葉をつめたあと、鮮やかに現れたジッポが恭しく火をつける。 「君の言い分だと、メスがオスを買うわよね」  一気に5mm近くタバコを燃やし尽くしたあと、彼女はさらに続けた 「金を払ったのはオスだったそうよ(@1)」  残りのタバコの箱をこっちにほおって見せながら彼女は席を立ち、勢いがあるようにはみえないがスルリと脇を抜けて彼女は店から出て行った。  すれ違った瞬間に一言残して。  ――大人の恋愛はもう少し複雑なのよぼうや―― =============== ・純愛に対する論理展開は、いわゆるシカゴ大学の「普遍的な人間」ってやつかな。効用の限界を求めると規定して話を進めていると理解してみた。 ・(@1) ヤバい経済学 279P 一行目 やばい経済学 ISBN4-492-31365-6 著者:スティーブン・D・レヴィット スティーブン・J・ダブナー    訳者:望月 衛