夏休み、誰もいない教室。カーテンが蒸し暑い風にゆれて静かに音をたてる。 黒板には色とりどりの文字で「夏休みまであと1日!」と書かれている。 僕は、ここで彼女が来るのを待っている。カーテンから覗く空には、大きな入道雲と飛行機雲の姿が見えた。 しばらくして、教室のドアが音をたてた。制服を着た彼女がそこに立っていた。 「もう、来てたんだ」 「うん」 「どのくらい待ったの?」 「15分くらい」 「校門で待っててって言ったのに」 「僕は教室が好きなんだよ」 彼女は、ドアの所に立ったままだ。僕が席から立つのを待っているらしい。 僕がイスから立ち、彼女に近づくと、彼女は静かに僕の手を握る。 なんだか、儀式めいてるな、と思う。 手を握ったまま、階段を上る。一歩一歩、彼女は階段の材質を確かめるようにしっかりと足をつく。 目は正面を向いていて、その大きな目は冬の空を思わせるほど、凜としている。 4階につき、屋上への階段を上る。手を握る力が強くなる。 さび付いたドアノブを左手でつかみ、開ける。 さびたドアの出す嫌な音と共に、暑い風と直射日光が視界を狂わせる。 この屋上は本来閉鎖されているため、柵がない。だから、業者以外は立ち入らないのだ。 彼女は僕の手を離すと、大きく背伸びをし、フゥッと声を出す。 「暑いね」 「そうだね」 「どうしたのさっきから、緊張してるの?」 「まぁ、それなりに」 「大丈夫だよ」 「うん」 屋上の縁に立ち、彼女は僕に微笑む。そして目を閉じ、ゆっくり深呼吸をする。 息をはくと彼女は両手を横に大きく広げる。まるで翼のように。 彼女は両手を広げたまま、ゆっくりと後方に体重をかける。 枯れ葉が風に舞うように、彼女は重力に身を任せた。 数瞬後、重いものを落としたような音が校舎に響いた。 音は、反響して僕の耳の中にいつまでも残っていた。 僕は、泣いていた。 しばらくして、彼女が屋上に現れた。 彼女は僕にニッコリと笑いかけ 「これで、ずっと一緒だね」 と言った。