洗面と歯磨きを終えると、ぼくはリビングへ行きいつものように テレビをつけた。つい先日壊れてしまって、新しく美影(みかげ) さんが買い換えた液晶テレビだ。ぼくは購入前はブラウン管でも十 分だと言っていたのだが、どうもあの人は格好にこだわるらしい。 ま、ぼくがお金を出すわけじゃないんだから、べつにいいけどさ。  キッチンに行きインスタントコーヒーを淹れながら、テレビから 流れる音声だけのニュースを聞く。朝っぱらから事件のニュースだ 。しかも殺人事件。世の中物騒なもんだ。 「…………は?」  事件の起こった場所を聞いて、ぼくは耳を疑った。改めて繰り返 された地名をしっかりと聞き取る。××県今崎市。うん、まんまこ このことだ。 「いやぁ、まあこんなことも一度くらいはあるか」  リビングのソファに戻り、カップのコーヒーをすすりながらテレ ビに目を向けた。通り魔事件であり、犯人はまだ逮捕されていない らしい。中継されている映像のバックの駅は、ここから最寄りのと ころから数駅離れている。べつに、それほどびくびくする必要もあ るまい。人気のないところではすこし警戒すればいいだけだ。  テレビが次のニュースに移ったところで、がちゃりと廊下とリビ ングを仕切るドアが開かれた。ぼくはそちらに顔を向けた。 「おはようございます、美影さん」 「おう、おはようマー坊」  ピンク色のなかなかかわいらしいパジャマ姿の美影さん。ぶっち ゃけ美人だから、この人は何を着ても似合う。 「ってか、本当に早いですね。今日は会社はお休みでしょう?」 「ん、ちっと用事がな」  普段なら日がかなり高くなってから目を擦りながら起きてくるの に、誰かとの待ち合わせなんかのときは不思議にもこうしてきっち り起床する。しっかりと切り替えができるのはさすがだ。でもまあ 、いつもこうだとありがたいんだけどね。 「矢木駅近くで事件があったらしいですよ」  ぼくがさっきのことを伝えると、美影さんはキッチンで自分で淹 れたコーヒーを片手にしながら、「へぇ」とぼくの斜向かいにある もう一つのソファに腰を下ろした。 「雪が聞いたら今日はこのマンションから一歩も出られないかもし れないな」  美影さんは「ははっ」と笑ったが、たしかに雪絵ちゃんの場合は 性格的に本当にそうなってしまうかもしれない。何せぼくが借りて きたビデオを見たぐらいで、ぎゃあぎゃあと叫んでベッドに潜り込 んでたぐらいだし。しかしフレディvsジェイソンってホラーじゃな くてコメディだと思うんだけどなぁ。 「ああそうだ、一つ頼みがあるんだが、いいか?」と美影さんはぼ くに向き直って言った。「このテレビ買った代金のすこし、負担し てくれない?」 「……はい?」  また何を言い出すんだ、この人は。 「いやそれがさ、かなりサイフきつきつなんだよね」 「……だから安いブラウン管でいいって言ったじゃないすか」 「そう言わずに。五万円だけでいいから」  危うく口に含んでいたコーヒーを噴きそうになった。五万円をす こしとは言うはずないだろう、常識的に考えて。ぼくの月のバイト 代を知ってるくせにそんなことをしれっと言う美影さんを、ぼくは 呆れた顔で見つめた。 「美影さん、ぼくはこの家の家賃二万円で手一杯ですよ。春休みに 稼いだ分は学費に消えましたし」 「んー、まあわかってたけど、やっぱダメか。やっぱ今日、予定ど おり友達んところに金借りに行くしかないか」  ああ、それで今日は早起きなのか――ってわかってたなら、わざ わざ言うなよ……。  ぼくは声に出してため息をつきながら腰を上げた。空になったカ ップを片手にキッチンへと再び向かう。カップをさっと洗うと、冷 蔵庫からパンを二枚取り出してトースターにぶち込んだ。朝はやは りこれに限る。というかこれしか作れないだけなんだけどさ。