ある夏の日の昼、コガネムシのように小さな妖精が一人、少女の部屋に迷い込んでしまった。 少女は妖精に驚き、妖精もまた少女に驚いてしまった。  しかし二人は徐々に話し合い、夕方には笑い合って話せるようになっていた。 「もう、僕は帰らなくちゃいけないんだ」  唐突に妖精が切り出した。しかし、少女は妖精と別れたくはなかった。それは妖精も同じだった。 「大丈夫だよ。僕は妖精だから、十年後にはまた君と会えるよ」  少女は泣き出してしまった。そこで妖精は、人間にとって十年という歳月は長くはないことを知った。 「大丈夫だよ。僕は妖精だから、今日僕たちが会ったことを忘れさせて、 また今度会ったときに今日のことを思い出させる魔法をかけてあげられるから」  少女はその言葉を聞いてしだいに泣き止んでいき、妖精の言葉を信じて別れた。  十年後。妖精は嬉しさを胸に少女の部屋にやってきた。妖精の姿はあのときと変わっていなかった。  妖精は入ると同時に部屋の中を見渡した。多少模様や家具が変わってはいるが、 間違いなくあの時の少女が住んでいると妖精には感じられた。妖精の嬉しい気持ちはさらに膨らんだ。 普通妖精にとって十年は長くはないが、少女に会いたい気持ちが、十年を長くさせたのだ。  まもなく少女の部屋に近づく足音が聞こえてきた。妖精は驚いたが、少女が近づいてくると感じた。 妖精は部屋の真ん中でじっとして動かないようにしているが、羽を激しく打ってしまっていた。もう、足音は ドアの前で止まっていたのだ。  ガチャリ。  空気の流れを感じた。妖精は目を輝かせ、羽をいっそう激しく打っていた。  そして、あの時会った少女が、立派に成長した姿で、ドアの取っ手を掴んだまま、妖精を見つめていた。  妖精は思わず少女に向かって一直線に飛んでいった。一刻も早く十年間の思いを少女にと共に語り合いたかった。  しかし、妖精の思いは叶えられなかった。少女が咄嗟に手に取った、スプレー缶からでた霧状の液体が妖精を直撃したからだ。