ある日のことだった。 窓が白く染まった夜。一人の老人が暖炉の前に佇んでいた。 髪の毛は窓と同じくらい白く、老眼鏡を掛けていた。 振り子時計が刻む一定のリズムに合わせてロッキングチェアーが揺れる。 毛布の膝掛けの上に左手は置かれていた。残った右手は本を広げている。 パキパキという薪の音に混じる、きぃという音。老人は老眼鏡を外し、本を机の上に置いた。 すっと視線を音の方向へ走らせる。男の子がそこにいた。 まだドアノブに届くか届かないかほどの小さな背。セーターを着ていると言うよりも被っていると言った方が良いような姿。 とことこと老人の方へ近づき、少年は愛らしい笑顔を見せた。 「ねぇおじいちゃん、何か昔話してよ」 「そうさねぇ……今日は伝説の竜騎士の話でも…………」 「それはもう何回も聞いたよぅ」 ぷーっと頬を膨らませる。だが、言葉とは裏腹に少年は絨毯にペタンと腰を下ろし、ブランケットに身をくるませた。 老人は孫の方へと目をやり、ふっと目を細めた。やがて部屋は老人が語る遙か昔の英雄譚に包まれていった――。   遠い遠い昔。まだ空に竜が舞っていて、空に島が浮かんでいた時代のお話・・・・・・。  木々の間を風が吹き抜ける。スッと息を吸う。初夏の風が喉を吹き抜け、肺に溜まる。 全身が現れたような気分で歩いていれば何処か遠くでさわさわと草が揺れる音とサラサラと流れる小川の音が聞こえる。 見渡す限りの青緑と茶色。  本当に良い日だとチャンは思った。彼は今母親からお使いを頼まれ森の中にいる。 通称“フギの森”多種類の樹木が生えており、生息する動物も多い。 ここで桑の実をかご一杯取ってこいというのが今回のお使いだ。 少年のバスケットはもう半分ほど埋まっている。あと一、二時間もあれば十分かなとチャンは思った。 ふと前の方へ目をやると木が倒れている。 あぁ昨日は雷だったからな、きっと不運な樹が倒れたのかなと少年は思いかけた。 直後、少年が確認しようと近づいたときその考えは否定される。 もぞりと樹が動いた。 少年の脳内に電撃が走る。 (おいおい冗談でしょ?樹が動くとか流石に無いって、昨日の晩夜更かしして目が疲れてるんだよきっと。そうに違いないさ)