原作:ポルノグラフィティ「カルマの坂」 0.プロローグ 携帯電話が手紙で、車が馬車で、政治を貴族が担当していた頃。物語はレンガ造りの町並みが印象的なヨーロッパのある村で始まる。村は活気に満ちていたがすべての人が幸福な毎日を送っていたということもなく、犯罪で命を繋いでいるような者も多かった。 物語は悲劇と希望に満ちた少年の物語…… 1. 不条理(不浄の理)  少年は走っていた。その手には大きなパンが抱えられていた。後ろから麺棒を持った男が追ってきている。少年は盗みをはたらき、そのために走って逃げていた。  少年は速かった。風と称されるほどに。たちまち町の雑踏に隠れ、男の前から姿を消した。  「ハァハァ…もう追ってこねーだろ。あー走ってまた腹減った。…ん?」  路地裏の薄闇の中、5.6歳ほどの少女がこちらを目で見ている。不意に少女のお腹が鳴った。  「お兄ちゃん、あの…そのパン分けてくれる?」  「…君、一人かい?」  「うん。」  少年は丸一日何も食べていなかったが迷うことなくそのパンを少女に渡した。少女は礼を言い申し訳なさそうに食べ始めた。こんな事を少年は今までに何度も繰り返した。彼自身、過去にこの少女のような境遇に立たされていたことがあり、そこに自分が重なって見えるからだろう。彼女のような境遇の子供にはつい手を差し伸べてしまう。 数年前、村に伝染病が流行った。そのときに彼の両親は死んだ。この町にはそんな孤児は多い。以後、彼は安い日雇いで毎日を過ごしていたがそれだけでは足りず盗みを繰り返していた。 彼は強く、孤高に生き、弱いものたちに手を差し伸べていた。しかし、彼のその純粋さは罪を重ねて生きていくことに向いてはおらず、それゆえ弱かった。生きることに必要な罪悪で生まれる罪悪感に、常に彼は苦悩に取り付かれていた。その罪悪感から盗みの回数を減らそうとも努力していたが、しかしそれでも生きるためには盗みを繰り返すしかなく、生きることそのものが彼を苦しめていた。 「今こうやって生きることに何か意味があるのかな……」   彼は路地裏から出ると自分の家へ向かった。 途中、新しくできた教会の前で神父が町ゆく人に語っていた。 「人はみな平等?そんなの、信じれるわけが無いだろ。みんな平等なら、何で俺やあんな子がこんな風に苦しんでいるんだ?…天国や地獄とやらあるんだか知らないが、今よりましならどこだって行ってやる。」 少年はつぶやき、ただ一人歩いていった…。 2. 無力(無理欲) 「畜生、今日はまた一段としつこいな」  清らかな早朝、少年はまたパンを盗み走っていた。  だいぶ走って、町はずれに有る貴族の家の前まで来ていた。もう追っ手の姿は無い。そこで少し休んでいると馬車が現れその家の前で止まった。この町では馬車は珍しく、少年はその馬車を見ていた。  馬車からは太ったこの家の貴族と14,5歳ほどの少女が一人降りてきた。そして少年はその少女の美しさに目を奪われた。胸に、走った辛さとは違う衝動が沸き起こった。もっと少女の姿を見たいと目をこらすと、その瞳には涙が浮いている。おそらく遠くの町から買われてきたのだろう。その手の人身売買はよくある事だ。そしてこんな少女の末路を、少年は嫌というほど知っていた。少女はうつむきながら貴族と共に屋敷へと入っていった。少年はしばらくその少女の姿を見たあと、叫びながら家へと走った。少年は初めての恋で、自分の無力さを突きつけられた。  「なんで俺のように無力で、彼女のように希望も夢も踏みにじられる人間がいるんだ。神様、なんで苦しむ人間を生み出した。どうして好きな人を救えるほどの力すら与えてくれない。なんで……なんで……。」  彼は泣いた。自分の無力を泣いた。少女の不遇を想って泣いた。今はただ、泣くことしかできなかった……。 ……涙の中で、少年に今を生きる目的が宿った…… 3.狂気(狂喜) 夕暮れになって、少年は剣を盗んだ。  初めて、自分のため、生きるため以外に盗みを犯した。  「あの子を救う…」そう心に抱き、少年は屋敷へと向かった。  重たい剣を引きずりながら、屋敷へと続く坂を上る彼のその姿は、風と呼ばれた少年の生への悲しき冒涜そのものだった。その目は泣き腫らして赤く充血していたが、その奥には確固たる、憎しみとも悲哀とも……狂気とも取れる決意が滲んでいた。  「夜間の入館は禁止だ。お引き取り…」  少年にとって警備員に意味はなかった。ただの門同然。門は壊さないと開かない。すべてを言い終える前に警備員の首の半ばほどに血に濡れた刃が艶かしく煌めき、肉と骨を断つ感触が少年を伝っていた。返り血が舞う中、初めての殺人が少年の理性を壊した。  勢いよく屋敷の扉を開け、少女のいそうな部屋を探した。スラムに住む少年には想像すらできない高価な調度品が数多く並んでいたが目もくれず意思のまま行動していった。 「貴様なにをしている!!消えろ!!」  「…邪魔だ!!」と冷たく無機質に吼え、目の前に立ちふさがるただの壁でしかないモノの腕をとばした。今度は骨ごと切れた。何個か同じように繰り返したころには体中返り血と自分の血で赤く染まっていた。  二階の廊下で二つのモノに挟まれた。目の前のモノから斬った。すると後ろから横腹を貫かれた。しかし少年は振り向きざまに首を刎ねた。 「がふっ」  口から紅いものが出た。鉄の味が広がる。震える手で自分に刺さった剣を刃を持って抜いた。手に痛みが走ったが、その痛みも、貫かれたことさえももはや意味を持たなかった。 そして少年は貴族の寝室に入った。廊下以上に高度そうな調度品にあふれたその寝室の、天蓋つきの大きなベッドに貴族と静かに仰向けになっている少女がいた。ベッドの周りには破れた衣類が散乱していた。少年は冷たく貴族を見た。不思議と、肥えた貴族を見ると冷静になった。  「その子に何をした?」  少年の冷たい声が寝室に響く。肩で息をし、体中血まみれであるのに対し、少年の声は冷たく、貴族は怯えたように後ずさりしベッドから落ちた。  「な、何もしてない、何もしてないぞ!第一、この娘はわしが買ったんだ。わしが何をしても許されるはずだ。」  少年はベッドで泣く少女を見た。あたりには刃物も無いのに少女の腿には血が流れていた。少年の心に確固たる殺意が閃光のように駆け巡った。 「俺は神様ってものが嫌いだ。そしてお前みたいに腐った野郎にそいつが味方していることが許せない。神を恨んで……死んでくれ」  少年は走って貴族に近づき、斬りかかった。このときの彼は風のように速かった。醜い貴族の鮮血は、綺麗だった。  貴族を殺した後、少年はベッドの上の少女を見た。共に逃げ出すために。だが…… ………血に濡れた少女は…空ろに…虚ろに……笑っていた…… ………泣くわけでも無く、喜ぶわけでも無く笑うその笑顔が、少年の心を壊した……  少年は最後の刃を、少女の胸に突き立てた……  少年は、かすかに残った理性のかけらで、事切れた少女に口付けをした。 幸せそうに、死合わせに、二人は眠った…… “Was he happy?” “Was she happy?” No one knows these answers. We can only do that wishing their happiness.