ブラッディメアリー。ベトナム戦争に置いてベトナム兵が拠点とした丘。  アメリカ軍が圧倒的な戦力を持って砲撃・爆撃したため丘はケチャップみたいなベトナム兵の血に染まった。  そんなわけでブラッディメアリーなんて悪趣味な名前で米兵に呼ばれている。  日本人傭兵として、俺はそこに、今、いた。  硝煙と火薬と血の匂いしかしない。数分前まで鳴り響いていた砲撃音は既に止んでいる。  なんとか無事の俺の周りにあるのは、仲間の死体と薬莢だけ。塹壕の中だってのに酷い有様だ。 「おいおい、トム。ここブラッディメアリーは全席禁煙だぜ」 「ぶふ。はっはっは、そいつはすまなかった」  陽気に会話しながら米兵がこちらに向かってくる。もう完全に制圧したと勘違いしてやがる。  いや、一人しか残ってないんじゃ完全に制圧したと同じだ。だが、その幸せ面を吹っ飛ばしてやる。 「死ね……」  日本語でそう呟きながら、手に持つAK47を持ち上げ、塹壕から身を乗り出す。  だが、その瞬間、足下に盛大な破裂音が生じる。どうやら弾丸が転がっていたらしい。  踏みつけた衝撃で暴発したようだ。鉛弾は明後日の方向に飛んでいって俺に怪我はない。だが、 「ファッッック!」  米兵が汚い言葉を吐き捨てながら、M16を俺に向ける。そりゃ銃声がすれば気づかれる。  先ほどの会話していたのは二人だった。しかし実際見てみると、そこには十数の兵士がいた。どいつも目が血走ってる。  ああ、俺は何で安っぽい正義感で動いてしまったんだろう。  アメリカが民主主義を盾にとってベトナムに攻め込んだのは許せる事じゃなかったし、今も許せない。  けど、命には代えられない。高説も命がなけりゃ宣うこともできやしない。 「神様」  空に向かって呼びかけた時だった。突然、米兵の後ろの地面が爆発した。  その音に驚き、銃口を百八十度変える米兵ども。しかし、その動きが終了する前に後方にいた数人の首がヘシ折れた。  空中には、彼らを葬った物体が太陽を背負って飛んでいる。 「キエエエイ!」  奇声を上げて着地したのは金髪の少女だった。まだ十五というところだ。  その十五の少女の飛び蹴りに屈強な兵士たちは倒されてたのだ。  米兵が引き金を引く前に、少女は集団の中に飛び込んだ。  銃という物の利点は遠くから相手を殺すことだ。だから、近い距離での猛獣には役立たないことがある。  そして少女は猛獣より強力だった。  ある者は眼球が飛び出し、ある者は股間を押さえ次々と倒れていった。銃口から放たれた銃弾は全て空へと消えていく。  ベトナム兵だけが倒れていたブラッディメアリーに、次々と米兵が横たわっていく。 「う、うわわ……」  最後に黒人の屈強な男が残った。彼が構える銃は震えている。あれではまともに照準が合わない。  少女もそれを分かっているのか嘲るように笑いながら男に近づいていく。そして、無造作に銃口を掴んだ。  ひどく愉快そうに笑い、少女は金属製のそれを容易くへし折った。 「ジーザス」  先ほど俺が死を覚悟した際に放った台詞と同義の言葉。その言葉を聞くと同時に、少女は前蹴りで男の顎を真っ二つに割った。  男は白目を剥いて倒れる。  俺は開いた口が閉じなかった。銃を持っている俺が不可能な人数を、非武装の彼女はあっという間に片づけた。  惚けている俺を無視し、少女は淡々と息がありそうな者の顔面を踏みつけて止めをさしていく。  あまりにも非情。だが、兵士としては合格だ。 「よう、アンタ」  突然、少女は俺に話しかける。俺は思わず銃口を向けて応えた。 「な、なんだ!」 「アンタ見た目より勇気があるな気に入った。付いてこいよ。どうせここは連中に取られる」  これが、俺とカナダ人のノーウエポンアーミー、ハンマーとの出会いだった。