Article 登場人物 ・浅原 真由美……部長。無神経。デリカシーに欠ける。 ・佐藤 肇……副部長。クール。というより、ズレてる。 ・新海 紬(つむぎ)……部員A。姉。毒舌家。シスコン。 ・新海 結(ゆい)……部員B。妹。八方美人。車椅子。 ・志村 克也……部員C。ヤンキー。のなりそこない。 A    舞台:新聞部の部室。雑然とした感じがあればよし。椅子と机が5ヶ。        下手から順に、佐藤、志村、浅原、結、紬の机。        上手には入り口のドア。下手にはロッカー。        それぞれの特色が出てればなおよし。        舞台があけると、克也がたばこを吸っている。 志村 ……ふう。    机の上のものを適当にいじりながらふかす。     浅原 はよーっす!    浅原登場。克也はあわててたばこをもみ消す。が隠す場所がないので手のひらで握りつぶす。当然熱い。 浅原 あ、志村君。おはよう。 志村 (タバコの熱に耐えている) 浅原 おはよう? 志村 (一生懸命耐えている) 浅原 おはよおー! 志村 オ・ハ・ヨ・ウ・ゴ・ザ・イ・マ・ス(ものすごい形相で) 浅原 あ、ああおはよう。 志村 (睨む) 浅原 ……じゃ、じゃあ私は今日のノルマに取りかかろうかなー、っと。    浅原が席に着く。中心。    志村はやっとのことで手を開き、たばこを隠そうとしたところで新たなる刺客が。 佐藤 おはようございまーす。 浅原 あ、おはよー。    志村はまたしてもタバコを握りつぶす。ものすごく熱い。 佐藤 志村君も。おはよう。 志村 (必死の笑顔。アントニオみたいなのが理想的) 佐藤 (浅原に)どうしたの佐藤君? なんかエキゾチックな表情してるけど。 浅原 さあ? 私が来たときはすでにこの表情で(志村に睨まれて)ひぃっ! 佐藤 ……そうなんですか? ならいいんだけど。でもね、あんまり無理な顔してると、そのうちもどらなくなっちゃうからね? 気をつけるんだよ? 志村 (頷く) 佐藤 分かった? 志村 (激しく頷く) 佐藤 本当かなあ……? 志村 (がんばって笑顔) 佐藤 うん、ナイススマイル! (親指を立てる) 志村 (親指を立て返す)    佐藤は自分の席に着く。    志村はようやく解放され、手をゆっくりとひらき、タバコをつまんでポイしようとしたところで勢いよくドアが開く。    志村はタバコを床にたたきつける。    車椅子に乗った結と、それを押す紬。 浅原 おはよー、結ちゃん、紬ちゃん。 結 おはようございます、先輩。 佐藤 おはよう。 紬 ……(一瞥)    紬は結を席の前に置くと、自分の席に座る。 佐藤 ガン無視だね。 浅原 いや、ガンなら今とばされたし、単なる無視じゃない? 佐藤 言われてみればそうですね。    志村、自分の席に着く。 佐藤 あれ? アントニオごっこはもういいの? 志村 やってません。 佐藤 あっそう。 浅原 何それ。画鋲? 結 あ! はい。私、広報委員だから。 浅原 あ、そうなんだ。じゃ、始めよっか……。    照明消える。    スポットがつく。    中央には浅原。 浅原 みなさんはご存じですか? え? ……ご存じない? 仕方ない。ならば説明してさしあげましょう。 野球部、サッカー部、剣道部、バスケ部……いずれも何かと脚光を浴び、いわば花形と言ってもいい。そんな部。 その巨大な陰に覆われ、ひっそりと一輪だけ佇む健気な一輪のタンポポのように、私たちは活動しています。 ……時に大胆に! 時に繊細に! 時には引っ張られてビロンビロンになったバネのようにしなやかに! またあるときは延びてズルズルになったカップめんのようにのびやかに! あるいは…… 志村 (咳払い) 浅原 まあ、適度に厳しく、適度にゆるーく活動しています。……え? 何の活動だって? ……よく聞いてくれました! そこのイケメン! いや、あなたじゃなくて隣の。いや違いますよ! 何でみんなそろって横向くんですか! 自惚れすぎですよ! 家に鏡ないんですか! それとも目が悪いんですか? そうか、いくら目が良くても脳がそれを処理できなければ…… 志村・佐藤 (強く咳払い) 浅原 ……シツレイ。少しだけ取り乱しました。 ……まあ、なんというか、こう、刺すのです! 社会の暗部を、タンポポのように! 誰も触れたがらないタブーを! ひっそりと、タンポポのように! それはズバッと切ります! 健気に咲くタンポポのように! そうタンポポのように舞い、タンポポのように刺します! (ニヤリとして)……あくまで、タンポポのようにね。 志村・佐藤・紬・結 (激しく咳払い) 浅原 (無視して)誰もがなかったことにしてしまいたいそれはそれはいかがわしい事実を、強引に引きずり出し、こねくり回し、ひっかき回し、その人間関係をボロボロにして、時にあることないこと書き連ねて周知の眼前にに晒すのです! (ニヤリ)……タンポポのようにね。 人は私たちをこう呼びます。現代に舞い降りた凶戦史、デス記者と。 そう、私たちの名は……新聞部!   地明かりつく。 浅原 新聞部に科せられた義務はただ一つ。……おもしろい記事を作ること。ただ、そこにはルールがあります。……守らずの五箇条。私たちは、そう呼んでいます。 佐藤 第一条、人を不幸にしてはならない。 志村 第二条、第一条を反しない限り、自分を不幸にしてはならない。 結 第三条、ご飯は三食しっかり食べる。 紬 第四条、お前は死ななければならない。 浅原 そして第五条。(グっと溜めて)人を不幸にしてはならない。 四人 (浅原を見る) 浅原 これらを遵守する者に待つのは……死あるのみ! お互いの命を賭して、記事をぶつけ合いまるで可愛らしいタンポポのように殺し合う、デス記者たち。なぜ彼らはそこまでして戦うのか……。それは……誰にも分からない。……タンポポは、この際関係ない   消えるスポット。   再び地明かりがつくと、立っている浅原と、座っている四人。 浅原 ……っていう記事を、次の新聞から連載しようと思うんだけど、……どう? 佐藤 (聞いてない)……へ? (志村に)どう? 志村 どこからツッコめばいいのか分かりません。 浅原 まあ、君はまだ入部してから日が浅いからね。この辺の話はまだちょっと難しかったかな? 志村 (睨む) 浅原 オゥ! ゆ、結ちゃんはどう? 賛成? 賛成? 結 え! いや、……え、あの。……悪くはないような、良いような、えー。まあ、その、悪くはないかと……。 浅原 ウンウン。紬ちゃんはどう思う? 紬 そうね、とりあえず、良いか悪いかは置いといて、二つ選択肢があると思いますが。 浅原 連載するか、縮小連載するか? 志村 連載することは確定なのかよ……。 紬 まず一つ目、今すぐ脳外科に行ってCTスキャンを受ける。 浅原 ん? なんでここで脳外科が出てくるのかな? 紬 そして二つ目、精神科に行って医者に診断を受ける。 浅原 んん? 精神科? ますます話が見えてこないよ? 紬 この選択肢にどうしても不満があるというなら、少し静かな場所……そうね、誰もいない静かな山に籠もったりするのもいいんじゃないかしら? 浅原 ……うーん、よく分かんないけど、賛成だということだけはとりあえず分かった! ありがとう紬ちゃん。 志村 一寸たりとも理解していない……。 紬 耳鼻科も選択肢に入れておいたほうがよかったみたいね。 浅原 うん、素晴らしいなあ、我ながら。これで今年の流行語はいただきだね! 結 ……どれですか? 浅原 うーん、「デス記者」も捨てがたいけど、やっぱコレでしょ「タンポポのように」。コレだね。今年大流行の兆しアリ! 志村 流行りようがありませんよ。どんなシーンで使うんですかソレ。 浅原 それはもうありとあらゆるシーンでだよ。たとえば、朝遅刻したとき!    スポット。      浅原 「どうして遅刻したんだ浅原!」「すいません、ちょっと寝坊しちゃって。……タンポポのように」「そうか、なら仕方ないな」……完璧だよ! 志村 穴だらけじゃねえか……。 浅原 ほら、結ちゃんもためしてみなよ! 結 え、わ私ですか! そ、そうですねえ……。こういうのはどうでしょうか。朝、友達と会って昨日見たテレビの話をするときに「ねえ、昨日のMステ見た?」「見た見た! かっこ良かったよねータモリ! ……タンポポのように」「ねー!」 浅原 (静かに拍手)……素晴らしい。素晴らしいよ、結ちゃん。まさかここまで初見でここまで使いこなすとは……おぬし、なかなかやりおるのう。 結 いやあ、そんなことないですよ。……でもこれはいいかもしれません! 今何か! 私の中で! しっくりとくるものがありました! 浅原 君も分かるか結君! 結 はい! 志村 感染者が増えていく……。 浅原 紬ちゃんは!? どう? 紬 「お前なんか死んでしまえばいいのに……タンポポのように」 浅原 Hoo、ワンダフル! 言ってることはドギツイのにタンポポのおかげで全然ヘヴィに聞こえないよ! 佐藤君はっ!? 佐藤 「お前ってデス記者に似てるよね。……タンポポのように」 浅原 ……まさかの、複合技……! すごい、すごいよ佐藤君。サイコーだよ! 佐藤 いやあ、それほどでも。 浅原 トリを飾るのは……志村君! 志村 ものすごくごめん被りたい。 四人 (じっと見る) 志村 いや、そういうのはちょっと……。 四人 (にじりよる) 志村 えー。じゃあ、(四人近寄り)ちょっ、近い近い! ……オホン。「お袋……お袋に、会わせたい人がいるんだ。……タンポポのように」 四人 (沈黙) 浅原 志村君……今のは、無い……かな。ねえ(結に) 結 さすがに、今のは……ちょっと。 紬 二歳児のお遊戯会のほうがまだましね。 佐藤 ノーコメンツ。 志村 ……じゃ、じゃあ、こういうのはどうだよ。「結婚しよう。……タンポポのように」 四人 (引く) 志村 「お前だけは、絶対許さない……! ……タンポポのように」 四人 (引く) 志村 「誰か助けて! ……タンポポのように」……ってアホか! 四人 (引く) 佐藤 ちょっと部長……ノリツッコミしてますよ、あの人。 浅原 私も、実際にやってる人を見るのは初めてで……こういうときどうすればいいのか……。 結 姉さん……あの人。 紬 心配しないで結。あなたには私がついてるから。 志村 いやいや、もうそういうのいいから! 四人 (引く) 浅原 もういいって……さっきまでノリノリでなんか言ってたのに。 佐藤 そうそう「タンポポのように」とか何とか。……分かります? 部長。 浅原 ちょっと、……心当たりはないね。 結 姉さん……。 紬 大丈夫よ、結。私が守ってあげるから! 志村 ……はあ。 浅原 というのは、さておいてさー。じゃあどういうのがいいのよ、志村君は。(志村の原案をのぞき込み)兄貴にしたい男子ランキング? 志村 あっ、バカ! 佐藤 (別の紙をのぞき込み)こっちは、姉貴にしたい女子ランキング……。 結 ……。 紬 これには「上司にしたい先生ランキング」って書いてあるわ。 志村 ……。 浅原 志村君……。君もう17歳でしょ? 高校二年生でしょ? こういうのはさあ……中学校で卒業しようよ……。 志村 (無言で紙を取り返す) 浅原 結ちゃんは? なんか考えた? 結 いえ、まだ……考え中です。 浅原 紬ちゃんはー? 紬 回答を拒否します。 浅原 オーイエー。……ネタギレだなあ……。最近なにも無いもんなあ。さとうくーん、何かあったけえ? 佐藤 笹川先生が先週結婚しましたね。相手は相当の美人であるとの目撃談が。 浅原 あーそれパス。 志村 なぜ! 浅原 そんなのやったって誰が喜ぶのさ。わざわざ笹川先生の自慢に私たちが荷担する義理はないよ。 志村 かなり良いネタだと思うのは俺だけか……? 浅原 そんなのよりさー、もっとスキャンダラスでエキサイティングでコングラッチュレイションなネタは無いの? 志村くん。 志村 最近で言えば……そうですね、あれとかどうでしょう。二年の間で有名なアレ。 浅原 あー藤村望ね。それもパス。気乗りしない。 志村 どうして。社会の暗部に切り込むんじゃなかったんですか? 浅原 いや、だって……ねえ? 佐藤 くだらない。あんなのお子様のお遊戯です。ほっとけばそのうちに飽きますよ。 浅原 その前に藤村望がダウンしなきゃ良いけど。 志村 ……先輩、不謹慎です。 浅原 ありゃ、シツレイ。 結 ……何ですか? その藤村望って。 浅原 結ちゃんは知らない? 二年三組の、藤村望。 結 ええと……聞き覚えがあるような……ないような。 志村 新海は5組だからよく知らないんでしょう。 浅原 あーそうか。……実はね、最近その藤原望が……。 紬 部長。 浅原 ん。 紬 妹に変なこと吹き込まないでください。 結 え。 浅原 しかし彼女には知る権利がある! 紬 しかしあなたにそれを教える権利はありません。 浅原 どうして! 紬 私が剥奪します。 浅原 横暴だ! 紬 正論です。 浅原 どこが! 紬 力のある者が、ない者を導く……至極当然のことだと思いますけど。 浅原 その言い方だと、まるで紬ちゃんのほうが立場が上みたいじゃん。 結 あ、あの、喧嘩は良くないと……。 紬 良かった……。部長が、飲み込みの早い人で。頭の悪い人に何度も説明するのは疲れますから。 浅原 よおし、ちょっと話し合おうか。 紬 はい。 浅原 私三年生。 紬 はい。 浅原 あなた二年生。 紬 そうですね。 浅原 あなたどうして私より強い? 志村 なんでカタコトなんだよ……。 紬 ……(苦笑)まさか、先輩がそこまで愚かな人だとは思いませんでした。 浅原 なんだとコノヤロ。 紬 もはや過去の遺物と化した悪しき習慣、年功序列制度。そんなものを、まだ信仰してる人がいたなんて……。 浅原 な、何を……。 紬 無能なくせに肉体の劣化にあぐらをかいて、手柄は自分のもの、責任は部下のもの。尊大な物言いしかできない老害に一体どれだけの価値がありますか? ……皆無です。 浅原 私をおばーちゃんみたいに言うな! 紬 さっさとその席を、未来ある若者にの為に譲ってあげてください。 浅原 何の話だよ! 結 すいません! 私が悪いんです。 紬 いいのよ結。あなたはこれっぽっちも悪くないわ。悪いのはどこかの年増だから。 浅原 年増!? 私か! 私のことか! 紬ちゃんと一歳しか変わらないじゃん! 何だよ年増って!   紬と浅原、そんな感じで言い合う。 佐藤 ……じゃ、僕はそろそろ帰ろうかな。 志村 この状況でよくそんなことが言えますね……。 佐藤 そう? こんなのいつものことじゃない。 志村 いつもこんな状況だということに疑問を感じないんですか? 佐藤 いや、どこの部だってだいたいこんな感じでしょ? 志村 絶対に違いますよ……。 佐藤 じゃ、僕はこれで。じゃあね。 志村 さようなら。 浅原 ふん、今日はこのくらいにしといてやる! 紬 捨て台詞にしか聞こえません。 浅原 早く帰ればあ! もう部活終わりにするしいいい! 紬 普通は言ったほうが出て行くもんだと思いますが。 浅原 やだもん! 私三年生だし! 先輩だし! 部長だし! 紬 じゃ、私は帰りますよ。結、帰りましょう? 結 あ、うん。……先輩、すいません。姉さんも悪気があるわけじゃないんです。 志村 どんなに好意的に解釈したって悪気しかねえよ……。 浅原 あは、あは、あはははは。わわワカッテルヨ? ツムギチャンガ、ホンキデイッテルンジャナイッテコトグライ。アハハハハハ。 志村 目が笑ってない……。   紬・結、退場。 浅原 (ニコニコと見送るが)キー! 腹立つ! むかつくむかつくむかつくう! ……はっそうだ! 紬ちゃんの机に落書きしてやーろおっと! 何て書こうかな。「バカバカドジアホナス!」……なんか幼稚だな。「オーホホ! 紬さんったら何て意地汚い子なんでしょう!」……別に意地汚いことはしてないよな。それにオーホホって文字にするとものすごくアホっぽい……。よし、もっと理性的に、もっとクールに。「私は、日頃のあなたの振る舞いに対し、強く憤り、また遺憾の念を抱いておる次第であります」よし、完璧だ。ひゃっほーう! …………私は、何をしているんだろうか? 志村 さあ? 浅原 ああ、まだいたの志村君。もう君帰っていーよ。 志村 なんでいちいちそんなピンポイントに逆なでするんですか。 浅原 何を? 志村 神経を。 浅原 神経……英語にすると、シナプス。 志村 何故翻訳する……? 浅原 シナプスを逆なでする……何かかっこいいな。医学用語みたい。 志村 ああ、この人とは絶対に分かりあえないんだろうなあ……。 浅原 シナプス・オブ・ピンポイント・ザ・逆なで。……必殺技っぽくてイカす! 志村 どうして逆なでだけ日本語なんですか。もう少し頑張りましょうよ。 浅原 そこはホラ、日本特有の言い回しだから。ワビサビってやつだよ。 志村 ワビサビ報われねえ……。 浅原 で、何。何か用があるから残ってたんでしょ? 志村 ええ、まあ。 浅原 なになに? 告白? 告白か? 志村 されたいんですか? 浅原 (ものすごく嫌そうな顔) 志村 ありがとうございます。 浅原 なんで! 志村 人に何かしてもらったら「ありがとう」。「ありがとう」と言われたら「どういたしまして」……別に普通のことですよ。 浅原 そうかなあ……。 志村 ……藤村望のことですが。 浅原 えー。いいよ、その話は。 志村 何でですか。まさか今時、「私までいじめられちゃう!」とか言いませんよね? 浅原 そうじゃないけどさー……。私、そういうネガティブなお話、あんまり好きくない。 志村 「好きくない」って……。 浅原 そんなのよりもっと楽しいお話しようよ。年金問題とか、阿部内閣とか、高まる国民の不満の声とか、最近の原油高の及ぼす影響とそれに関する国際情勢の変化についてとかさー。 志村 じゃあ先輩は、俺と楽しげに談笑したいんですか? 浅原 (心底嫌そうな顔) 志村 ありがとうございます。 浅原 いえいえ、どういたしまして。……やっぱり何かおかしくない? 志村 全然おかしくありません。人として最低限のマナーです。 浅原 ほお。そこまで断言するか。 志村 いえ、この際そんなマナーはどうでもいい。それよりも藤村望ですよ。 浅原 そこまで話したい? 志村 先輩にもまったく関係ない話ではありませんよ? 浅原 どこでどう関係するの? 志村 割と身近なところで、そこそこ密接に関係してます。 浅原 ほほう。そしてそれはいつ、どうやって関係するの? 志村 だいたい四時〜六時まで、この場所に来ることで。(浅原 何が)先輩が。 浅原 言葉を濁すな。はっきりと言いたまえ! 志村 いきなり高圧的にならないでくださいよ。……新海ですよ。 浅原 えー紬ちゃんはそんなことしないよ。 志村 いや、やりかねない感じがプンプン漂ってるんですが……。 浅原 いや、紬ちゃんは一見相当デンジャラスに見えるかもしれないけど……でも実際はすごく繊細で、思いやりがあって、優しい子だよ。私たちがそういう面を見る機会がないだけで。 志村 もうなんか部長が理解できません。 浅原 ……私ね、人を見る目だけはあるつもりだよ。近所でももっぱらの噂だし。 志村 どうせその噂を流したのは部長なんでしょ? 浅原 ううん。お母さん。 志村 …………俺は今、恐怖しています。 浅原 なんでえ? 志村 親とは、子供のために、そんなにも献身的になれるものなのか……。 浅原 言ってる意味が分からないよ? 志村 えー、では、人をだまして利益を得ることを詐欺と言いますね? 浅原 言うね。 志村 詐欺は犯罪です。 浅原 そうだね。 志村 つまり、部長のお母さんのしていることは、そういうことです。 浅原 違うよ! 志村 (カッコつけて)動機があるんですよ、新海には。 浅原 噂を流しただけでお母さんはお金をもらったりしないよ! ……まあ、たまに私からもらってるけど……。 志村 ……(気を取り直して)動機があるんですよ、新海には。 浅原 ……動機? 志村 ……ええ。 浅原 ……重機? 志村 ……違います。 浅原 ……三回忌? 志村 ……違います。 浅原 ……ちょっと待って志村君。 志村 ……何ですか。 浅原 ……私、このしゃべり方気に入ったかもしれない。……とても。 志村 ……そうですか。 浅原 ……。 志村 ……俺は、……正直、もう飽きそうです。 浅原 ……それは、残念だなあ……。……タンポポのように。 志村 ……それは、もう……飽きました。とっくに。 浅原 ……ガーン。……タンポ 志村 聞かないんですか? 浅原 …(志村 無駄なタメはもういいです)何を? 志村 動機ですよ。新海の。 浅原 きーかない。 志村 どうして。 浅原 さっきも言ったじゃん。私、そういうネガティブなお話、あんまり好きくない。 志村 そんな……。 浅原 それに、私、信じてるから。……紬ちゃんのこと。 志村 ……安っぽい台詞ですね。 浅原 格式高いと言って欲しいね。君のお父さんやお母さんがまだ子供の時からずっと使われてきた言葉なんだよ? 志村 ……俺、両親いませんが。 浅原 じゃあ、おじさん。 志村 ……それもいません。断っておくと、おばさんもいません。 浅原 じゃ、誰だったらいるのさ! 志村 ……アパートの、管理人……? 浅原 もうそれでいいよ。めんどくさい。 志村 あんまり交流無いけどな……大家さんと……。 浅原 じゃっそういうことで、私はそろそろおいとまするからね。グーテンモルゲン!   浅原、出ていく。 志村 ……グーテン……モルゲン……?   志村、首をかしげながらたばこを吸い始める。   高まるBGM。暗転。 B   次の日。   席に座っているのは浅原と佐藤。 佐藤 そう言えば部長、聞きましたか? 浅原 何が? 佐藤 藤村望のことですよ。 浅原 まあたその話? みんな好きだねえ。 佐藤 ? 浅原 いや、こっちの話。で、何かあったの? できれば聞きたくないけど。 佐藤 それが……ちょっとひどいらしいんですよ。 浅原 ふむ? 佐藤 朝くれば上履きに画鋲、席に座れば目の前には菊の花。ジャージや備品は当然のようになくなり、普通に授業を受けることすらままならないそうです。 浅原 それは……またずいぶんと古典的だね。 佐藤 まあ、それでも周囲の反応は冷たいみたいですけどね。 浅原 そりゃね……積極的に関わろうって人はなかなかいないだろうね。 佐藤 そうじゃなくて……聞いた話じゃ、藤村望って言うのは相当ないじめっ子だったらしいんですよ。 浅原 あちゃー。 佐藤 今までいじめられた人は数知れず……周囲の人間もおおかた、「自業自得だ」といった感じです。 浅原 それはねー。まあしかたないんじゃない? インガオーホーってことで。 佐藤 でも、変なんですよ。 浅原 なーにぐぅぁー? 佐藤 誰が藤村望に嫌がらせをしてるのか……それが誰も知らないんですよ。 浅原 そりゃ、自分から「私いじめてます!」って人はなかなかいないと思うよ。 佐藤 いえ、そうじゃなくて。文字通り誰も知らないんですよ。誰に聞いても帰ってくるのは「さあ?」とか「はあ?」とかそんなんばっかりです。 浅原 口が堅いだけじゃない? 佐藤 かもしれませんが……。 浅原 本人はなんと? 佐藤 黙秘権を行使したいそうです。 浅原 ま、犯人は昔いじめられてた人間ってとこでしょ、どーせ。 佐藤 その可能性は低いと思われます。昔彼女の被害にあった生徒たちは、大方学校を辞めていますし、残っている生徒もひどいトラウマを植え付けられて彼女の名前を聞くことすら嫌がりますから。 浅原 それは……ソーゼツだったんだろうねえ。 佐藤 当時を知る人間は「彼女の行為は常軌を逸していた」「異常だった」「いつ死人が出てもおかしくなかった」などと証言しています。 浅原 すごいね。なんで学校はそんなの放置してるの? 佐藤 我が校のレベルを考えれば、答えは出るかと。 浅原 ふーん……大変だねえ……。 佐藤 ま、それとは別の話なんですが、今度の新聞に載せる新コーナー、こんなのはどうでしょう? 浅原 ん? どんなんどんなん? 佐藤 タイトルはですねえ……"男の闘詩"。サブタイトルは〜The Batlle of the Poem for All Mens〜。闘うポエムと書いて闘詩です。 浅原 "男の闘詩"……。 佐藤 内容はいたって簡単。僕が書いた"男の闘詩"を掲載します。そのうちに、読者から自作の闘詩が届くこともあるでしょう。そう言った場合は、お便りコーナーを隅っこに小さく設けてこじんまりと紹介します。 浅原 新コーナーの中にさらに新コーナーを? 佐藤 だって、しょうがないじゃないですか。真の男なら闘詩という文字を見てしまっただけで血は湧き肉は踊り、自分もとびっきりHOTな闘詩を書きたくなってしまうのは、やむをえないことですよ。ましてや、あの真の男との呼び声も高い佐藤の書いた闘詩となれば……これはもう、書くしかない。そして送るしかない。 浅原 私にはよく分からないよ……。 佐藤 これが……男の闘い、って奴ですかね。体の真ん中に一本芯の通った男じゃなければ、なかなか分かるものではないと思いますよ。 浅原 へ、へえ。よく分かんないけど、分かった。 佐藤 まあ、僕の見たところ、この学校には僕をアツくさせるような男はいないようですが。 浅原 ねえ、その闘詩ってやつ、試しに一つ教えてよ。正直まったく気が進まないけど。 佐藤 いいですよ。……じゃあ、部長は初心者だから……これがいいかな? ……いや、これはちょっと堅すぎるな。こっちのほうが……   志村登場。 志村 はよーっす。 浅原 おー、はよー。 志村 ……何やってるんですか? 佐藤先輩は。 浅原 ホラ、例の新コーナーの案だって。なんでも、闘うポエムと書いて、闘詩と読むらしいよ。 志村 ……はあ? 浅原 はっはあ。……志村君、君、まだまだ男じゃないね。 志村 いつものことながら……意味が分かりません。 浅原 ま、しょうがないか。これはねえ、体の真ん中に、一本芯の通った男じゃなければ、なかなかわかるようなものではないからねえ……。 佐藤 よし、これにしよう。これなら入門編としてもふさわしいし、老若男女問わずアッツイ気持ちにさせてくれるはずだ! 浅原 お、決まった? 佐藤 はい。……あ、志村君、おはよう。 志村 おはようございます。 佐藤 オッホン! それでは。では読みます。男の闘詩、第百二十七章〜男の生きる道〜 浅原 百二十七章!? 志村 どんだけ考えてんだよ……。 佐藤 「何のために生まれて、何をして喜ぶ?」 志村 ……。 佐藤 「分からないまま終わる、そんなのは嫌だ!」 浅原 ……? 佐藤 「忘れないで夢を」 志村 ……? 浅原 ……志村君? 佐藤 「こぼさないで涙」 志村 あの、……どこかで聞いたような気がするんですが。 浅原 ……奇遇だね、私もだよ。……佐藤君。 佐藤 「だから」……何ですか、部長。こっからが盛り上がるとこなのに。 浅原 いや、何か……聞いたことがある気がするんだけど。 佐藤 失敬な! 部長は僕が盗作したとでも言うつもりですか? これは……男に対する、最大限の侮辱……! 志村 どうやら男全体を的に回してしまったようですよ。 浅原 え! いや、違うよ佐藤君! なんか私の勘違いだったみたい……。ほ、ほら、私、闘詩って聞いたの初めてだったから、どういうものかよく分からなくて……。 佐藤 ……気をつけてくださいよ? 闘詩に興じている最中の男のハートは、とてもデリケートなんですから。 浅原 ……うん、ごめん。 佐藤 では、気を取り直して。「だから君は飛ぶんだ。どこまでも」 浅原 ……。 佐藤 「そうだ! 恐れないでみんなのために!」 浅原 ストーップ! 佐藤 なんですか部長! いい加減にしてくださいよ。これは男の、とても神聖な…… 浅原 いやいやいやいや、佐藤君がさっきから言ってるのってどう考えてもアレじゃん! 佐藤 はて、アレとは? 浅原 アレと言ったら……子供からおじいちゃんまで全国的にすさまじい認知度を誇るアレだよ! 佐藤 何にことかさっぱり分からないなあ。じゃあ続きを「愛と勇気だけが友達さ!」 浅原 どう考えてもアレじゃん! あんこの詰まったパンの人の歌じゃん! 佐藤 何ですかそれは。初耳ですね。「ああ、アンパンマン」 浅原 アンパンマン言っちゃってんじゃん! 佐藤 ……はあ、先輩も無粋な人だなあ。闘詩って言うのは、そういうものなんですよ。 浅原 それは駄目だよ! 著作権的に! 佐藤 うるさい人だなあ。じゃあ別のにしましょう。「僕らのクラスのリーダーは」……(志村・浅原、口をふさぐ) 浅原 佐藤君……それは、洒落にならない。 志村 先輩……さすがにマズいですよ、それは。 佐藤 ……いや、今のはさすがに冗談だよ? 浅原 佐藤君! 佐藤 はいはい、すいませんすいません。   新海姉妹登場。 結 おはようございます。 浅原 あ、おはよー。 佐藤 おはようございます。 結 ? みなさん、何をしてたんですか? 志村 今佐藤先輩が限界に挑戦していたとこだよ。 結 限界って……何の? 佐藤 それはだねえ……。 紬 ちょっと部長。 浅原 何かね紬ちゃん。 紬 私の机に、妙な暗号のようなものが。 浅原 ほほう。それは興味深い。どれどれ……? 「バカバカドジアホナスな私は、日頃のあなたの振る舞いに対し、強くオーホホ、また意地汚い念を抱いておる次第で完璧にあります。ひゃっほーう!」 紬 これは、どういうことでしょうか? 浅原 ……さあ、意味が分からないけど。 志村 本当に分かんねえよ……。 浅原 私がやったんじゃないことだけは確定的に明らかだね。 紬 貴様か!(佐藤に) 佐藤 違いますけど。 紬 なら貴様か!(志村に) 志村 い、いや、違うけど。 紬 (結に)……(頭をなでる)……じゃあ貴様か!(浅原に) 浅原 いやだから違うっていってんじゃん! 志村 何でそこで部長が切れるんですか。 紬 ということは……貴様か!(佐藤) 浅原 だってさあ! 紬ちゃんたらさっき私じゃないって言ったのに聞いてないんだもん! 佐藤 違いますけど。 紬 (結に)……(抱きしめる) 志村 部長がやったんじゃないですか。 浅原 それはそれ、これはこれ。 紬 貴様か!(浅原に) 浅原 ち、違うよ! それは……きっと、志村君の仕業だなあ? 志村 はあ!? 紬 志村……。許すまじ……。許すまじ志村……。志村あ……? 一体……誰だ? 志村 俺だよ! 紬 お前かあああ! 木村 い、いや。間違った! 俺の名前は木村だった! 佐藤 これは苦しい。 紬 木村……? 紛らわしい名前してんじゃないわよこの細菌野郎! 次間違えたらお前のクラスの黒板の中に埋め込んやるんだから! 木村 あ、ああ、悪かったな。 佐藤 そうでもなかった。 浅原 もう半年も同じ部にいるのに、名前覚えてないってすごいね。 結 姉さん、人の名前覚えるの苦手で……。 紬 志村……覚えたぞ、この外道め。次会ったら、必ずやこの手で……。 浅原 早速覚えたみたいだよ? 結 ……嫌いな人は早く覚えるみたいです。 浅原 ふぅん。ね、紬ちゃん、私の名前は? 紬 どうしたんですか? 浅原 真由美部長。 浅原 ……。 結 ……。 木村 ……部長、部活、始めません? 浅原 ……うん。 C   翌日。志村はタバコ。   吸っていると、結が入ってくる。   結の鞄からは、花が飛び出している。   隠そうとするが、間に合わない。 木村 い、いやあ。このタバコみたいな飴、すごくおいしいなあ! 結 そ、それ、飴なんですか? 煙出てますけど……。 木村 け、煙の出るタイプの飴なんだ。 結 しかもなんか、特有の匂いが……。 木村 に、匂いも出るタイプの飴なんだ。 結 へ、へえ。すごいんですねえ、最近の飴って……。 木村 そ、そうなんだ。すごいんだぞ? 最近の飴は。なんたって、原材料や流煙に含まれる成分まで忠実に再現しているんだからなあ。 結 そ、それはすごいですねえ……。 木村 そうなんだ。す、すごいんだぞ?  結 へ、へえええ。 木村 ……なんか、飛び出てるぞ? 結 え? 木村 いや、鞄。 結 あ! (あわてて隠す) 木村 ? 結 ……いや、私、美化委員なので。 木村 美化委員は、みんな鞄に花突っ込んで歩いてるのか。 結 ……いえあのまあ、美化委員たるもの、やはり自宅から美化していかねばなるまいな、と思いまして。 木村 ……へ、へえ。   結、自分の席に着く。 木村 ……ええと、珍しいな。一人で来るなんて。紬はどうした? 結 なんか、用事があるから遅れるって……。 木村 珍しい。あのシスコンがお前を一人で行かせるなんて。 結 はい……。大丈夫だ、って何度も言ったんですけど、「部室に着くまでに襲われるに決まってるわ!」とか言ってなかなか離してくれなかったんですよ。 木村 それは……筋金入りだな。 結 はい……。すごい過保護なんですよ、姉さん。たまに本当に筋金入ってるんじゃないかって思います。 木村 むしろ全身筋金でできてるよな。絶対血とか涙とか流れてねえよ、あの女……。 結 あはは……。姉さんってあんなだから結構周りから誤解されやすいんですけど、でも、本当はもっと……。 木村 ……繊細で、思いやりがあって、優しい人? 結 ……志村さん……。 木村 おい! 結 はい! 木村 志村って呼ぶな。お前の姉に殺される。 結 ……じゃあ、木村さん……。 木村 ……俺が言ったんじゃない。 結 え? 木村 「人を見る目はある女」が言ってたんだ。 結 ええと、それは……俗に言う、自称というやつでしょうか? 木村 いや、母親がふれまわっているらしい。 結 ……ええと……それは。……親子愛って、すばらしい? ですね? 木村 無理しなくてもいいんだぞ? 結 ……一個、聞いてもいいですか? 木村 内容にもよる。 結 どうして、木村さんはタバコ 木村 に見えるが飴だ。 結 ……その飴を吸うんですか? 木村 どうして、って? 結 だって、そんなの自分の体に悪いじゃないですか。私には分かりません。自分で自分を傷つけるなんて……。 木村 さあ? 吸いたくないと思っていても、勝手に手が伸びるんだ。含有物の中毒性がそうさせるんだよ。……いや、これだと夢がないな。もう少し素敵な言い方をしよう。……吸ってるとさ、吸ってる間は何も考えられなくなるんだ。頭がボーッとしてさ。……何か嫌なことがあったとき、考えたくないことがある時だけ吸うようにしてたんだけど。まあ、今じゃ惰性で吸ってるだけだけどな。 結 ……じゃあ、最初はどうして吸おうと思ったんですか? 木村 ……吸ったら、楽になれる気がしたんだ。 結 なったんですか? 木村 ……むせて、気持ち悪くなってそのまま吐いちまったよ。……でも、意外と簡単だった。むせて、吐きながら1ダース吸い続けたよ。不思議と悪い気分じゃなかった。 結 ……。 木村 二回目からは、もっと簡単だった。覚えたての俺は、一日に二ダースも三ダースも空にた。……一番最低な時期だった。……で、いろいろあって今じゃ一日一本。 結 ……嫌なことって、どんな? 木村 どんなもなにも、嫌なことだらけだよ。何もなしで生きるには、ここは厳しすぎる。 結 ここ? 木村 ……この世? 結 厳しすぎるってどういうことですか? 木村 文字通りだよ。 結 ……ていうか、飴なのに体に悪いんですね。 木村 人体に及ぼす悪影響も忠実に再現してるんだ。 結 ……その飴、一本ください。 木村 ……別にいいけど。(渡しかけてやめる) 結 ……何ですか? 木村 お前の姉に殺されてしまう。 結 大丈夫ですよ。姉さんなら多分今日は来ませんから。 木村 そうか? ならいいんだけど。   木村、結にタバコを渡す。   結、それを吸う。むせる。 結 ……苦いです。 木村 誰もが通る道だ。 結 ……辛いです。 木村 ……誰もが通る道だ。 結 多分、私はこれ、吸いませんね。全然味が分かりません。 木村 最初はみんなそう言うよ。 結 木村さんは? 木村 俺は……   浅原登場。 浅原 おはよう。(タバコに気づき、写真を撮る)さようなら。 木村 待ってください部長! 誤解なんです! 浅原 どこが! 何が! 木村 ……ええと、何て言ったらいいのかな。 浅原 大丈夫、私見なかったことにするから! 見なかったことにして今日はとりあえずこのまま帰るから! 木村 その足で職員室に行くつもりでしょう! 浅原 行かないよ! 木村 じゃあどこ行くんですか! 浅原 理事長室だよ! 木村 よりいっそう悪いわ! 浅原 じゃあとりあえず購買部に行くよ! 木村 おばちゃんに相談してどうするんですか。何の解決にもなりませんよ! 浅原 いいんだよ解決する気なんてないんだから。くっちゃべってくるだけだよ! 木村 思いっきり言う気じゃないですか! 浅原 違うよ。まずはウチの猫が子供を産んだ話をして、世間話に花を咲かせて、そしてふとした拍子にうっかり口を滑らせて言う気だよ。だから今のところまったく言う気はないよ! 木村 もろに言う気じゃないですか! 浅原 もろにじゃないよ。さりげなくだよ。 木村 もろに、さりげなく言う気でしょう! 浅原 さりげなく、もろに言う気なんだよ! 木村 どっち道もろに言う気じゃないですか! だいたい、猫の話からどう頑張ればそこに行き着くんですか。 浅原 だから、@「おばちゃん久しぶり。元気してた?」A「そういえば昨日、うちの猫が子供産んでね。すごく可愛いんですよー」B「そういえばさっき、部室でタバコ吸ってる奴が」 木村 AからBの流れに無理がありすぎる! 浅原 ないよ。ナイナイ。 木村 アリアリですよ! 浅原 じゃあB「おばちゃんにも一匹あげましょうか?」C「いいんですよ。うちでは全部は飼えませんから」D「ええとですねえ……。ブチが一匹と、トラが二匹、それから、すごく珍しいオスのミケ猫が 木村 その猫のくだり、どうしても必要ですか? 浅原 E「じゃ、今度持ってきますねー」F「あ、でもここに持ってくるのはまずいか」G「じゃあ、事務室にでも 木村 だから長いんですよ! 浅原 M「いやあ、それにしても最近は物騒な世の中になりましたよねー」N「……実はね、ウチの部でも」O「あっ! これは言ったらまずいんだった!」P「いやいや、何でもありませんよ」Q「何でもないってば」R「……どうしても聞きたいって顔してんな。それなら無理矢理聞かせてやる。おりゃー!」 木村 打算的すぎる……。 浅原 フッ。女ってやつはネェ、そういうもんなのサ……。 結 あの、部長……。 浅原 何、結ちゃん。……はっ! 駄目だよ結ちゃん。その男は公共の場所で周囲の迷惑も考えずそんな危険極まりないものを吸ってしまうとても非常識でひどいワルなんだ! バカがうつってしまう前に、はやくこっちへおいで! 結 部長、これ飴ですよ。 浅原 さあ早く! 引き潮で海が裂けるのはわずかな間だけ……。って、え? 結 だから、これ飴ですよ。 浅原 いやだって、ほら見た目とかまんまタバコだし。 結 そういう飴なんです。 浅原 煙だって出てるし……。 結 そういう飴なんです。 浅原 それに、独特な匂いも……。 結 そういう飴なんです。 浅原 ……。     …………。     ………………。     なあんだ、そうだったのかあ! あはははははは! 結 部長も一本いかがですか? 浅原 お、悪いねえ。じゃ……ご厚意に甘えまして。……おっとっとっと。ありがとー結ちゃん。   浅原、後ろを向いて食べ始める。 浅原 ……お、結構いける味だねえ。うん。うまいうまい!  木村 ええとな、新海。 結 はい。 木村 さっきも言ったけどな、あれには人体にとっても悪い成分が入っていてな? 結 はい。 木村 食べるのは、すごくまずいんだ。 結 え、そうなんですか? 木村 うん。とってもまずい。 結 ……もし食べたら、どうなっちゃうんですか? 木村 そうだなあ。たくさんたくさんからだのなかですごいことがおこって、それにぶちょうのからだはたえられなくなっちゃうんだろうなあ。 結 ええと、それはつまり? 木村 つまり……。 結 つまり? 木村 とどのつまり……。 結 とど? 木村 端的に言うとだな、死んでしまうんだなこれが。 結 え。 木村 死ぬというのはだな、つまり身体が多大なダメージを受け、活動を停止せざるを得ない状況になったときに…… 浅原 ……なあんて言うと思ったか! 木村 長い長いノリツッコミだったなあ……。 結 部長、良かった! 食べてなかったんですね! 浅原 え? 食べたけど? 結 ……。 木村 ……。 浅原 ん? なんかまずかった? 木村 おいしかったんですか? 浅原 うん。意外と。 木村 ならまずくないです。 浅原 なるほど。おいしけりゃまずくないわな、そりゃ! うまいこと言うね、木村君! こりゃ一本とられちゃったな。あは、あはははは、あはははははは……。……じゃなくって、未成年なのにこんなもの吸っちゃ駄目でしょ君! 木村 またノリツッコミですか……。流行ってるんですか、それ? 浅原 ここ十年来のトレンドだよ。 木村 またしても意味が分かりません。 浅原 そんなこと言ったってごまかされないよ。このことは先生に報告するからね。……いや、それともこれを今週の新聞のネタに……。「美人部長は見た!? 不良学生その喫煙の現場! 〜ゆとり教育の弊害か? 社会が抱える問題、その実状に迫る〜」……これは、いける! 木村 いけませんよ。 浅原 いけないのは君のほうだよ! 結 でも部長、いいんですか? そんなこと書き上げたら、部にとって不利益になる気が……。 浅原 ふ、このひよっこめ。逆だよ逆。 結 GAG? 浅原 そうそう。記事を載せることで、読者からは「自分の部なのにいいんかい!」というツッコミが……ってなんでじゃい! 結 部なのに、委員会……。 木村 部長、立て続けには、辛いです。 浅原 だってこの子が! 結 ごめんなさい! わざとじゃなかったんですけど、聞き間違えてしまって……。 浅原 あ、いいのいいの全然。私だって結ちゃんが悪いとか言う気は全然ないから! 結 でも…… 浅原 いいんだって全然! 私は大丈夫だから! 結 はい……。さっきはほんとうにすいませんでした。 木村 こういうとこで得してるよなあ、新海は。 浅原 もし、この事実を公表したとするよ? 「下手したら廃部になるかもしれないのに」「正直にそんなことを言えるなんてすごい!」「部長ってステキ!」そんな声が至るところで聞こえるようになるよ! 木村 そんなにうまくはいきませんよ。「ちょっと……この人、罪悪感とかないのかしら?」「もしかしたら部で吸ってたりして……」「それほど美人でもないよなあ、この部長」このあたりが関の山ですよ。 浅原 そんなことないよ! ちゃんと目撃者のインタビューも入れるもん! (自分で目線入れて)私も、まさかとは思ったんですが。でも、彼は確かに吸っていました! 写真も撮りました。ホラこれ! 私、いつかは絶対やるって思ってたんです! 彼、普段から……   佐藤登場。 佐藤 おはようございます。……あれ、それ。 浅原 おう佐藤君、いいところに来てくれた! 実はね、木村君が部室でタバコ吸ってたんだけどね、何て言ったと思う? 「これは飴だ」だってさ! まったくちゃんちゃらおかしいよね! 佐藤 君も好きなの? その飴。いやー僕も大好きなんだよね! あ、一個もらってもいい? 結 あ、はい。どうぞ。 佐藤 ありがとう。うーん、うまい! 浅原 ……。 木村 ……。 結 部長、そろそろ部活、始めません? 浅原 ……うん。 D   翌日。五人勢ぞろい。   ちゃんと座っている。 浅原 さて諸君。分かっているとは思うが、我々には重大な使命が課せられている。……結ちゃん。 結 ええと、記事を書くこと、ですか? 浅原 その通り。かねてから私たちは記事に対して真摯に当たってきた。だがしかし、その期限は……佐藤君。 佐藤 あさってです。 浅原 そう! にも関わらず! にも関わらず、今週の目玉に掲げた新コーナーは……。 木村 まるで駄目です。 浅原 そう! まるで駄目! てんで駄目駄目! 内容が駄目とかそういうんじゃなく、そもそもの方向性が決まってない! 進抄率で言えば0パーセントだよ! 書き上げられる確率も0パーセントだよ! 百分率にしたらなんと100分の0だよ! 木村 落ち着いてください。 浅原 落ち着いてられるか! 何だよコレ! 君たち何してたんだよ! 新コーナーどうするんだよ! 佐藤 やはりここは、僕の"男の闘詩"を…… 浅原 あんなん掲載できるか! 著作権侵害だって言われて法外な慰謝料を請求されるよ! 佐藤 法外じゃありませんよ部長。ちゃんと法で定められています。アメリカの3倍以上の使用料が。 浅原 それが法外だって言ってるんだよ! 紬 まったく、はしたない……。 浅原 はしたないい? 誰のおかげでこんな有様になってると思う? 紬 ご自分のご責任では? 浅原 自分はどうなんだよ! ここ一週間紬ちゃん何もしてないじゃん! 記事かけよ記事! やる気あるのかコラ! 紬 まったくありません。ここには、妹の付き添いで入部しただけですから。 浅原 お前もうやめっちまえ! 結 すいません部長! 私が悪いんです! 浅原 あ、いや。結ちゃんは悪くないよ。 紬 そうよ結。悪いのはすべて、どこかの無能だから。 浅原 むのおお? 私か! 私のことか! 何だよ無能って。何もしてない紬ちゃんに言われたくないよ! 紬 おや、誰も部長のことだとは言ってませんが……。それとも自覚がおありで? 浅原 ああああああああ! こいつむかつくううう! 紬 それに私とてこの一週間何もしてなかったわけではありません。ちゃんと案は考えてあります。 浅原 ほほう、面白い。聞いてやろうじゃないの。 紬 ……「これであなたも楽々白状? 人気の拷問百選」 浅原 ……。 紬 「最近夫の様子が冷たい」「部下が何か隠し事をしている」「気になるあの子の本心が知りたい」そんなあなたにこれ。効率的に相手の口を割る方法を徹底追及。歴史的な拷問から最新の拷問までを毎週紹介していきます。 浅原 ……えーちなみに聞くけど、どうやって紹介するの? 紬 やっぱり、一番分かりやすいのは実際にやってみて被験者の反応を調べる方法でしょうか? 浅原 ……もし、もしだよ? もし、仮に、仮にその案が採用されたと仮定して。仮にだよ? そう仮定するならば、あくまで可能性の話にすぎないけど。もし仮定して、仮に採用したともし仮定もしするなら…… 木村 日本語めちゃくちゃですよ。 浅原 その、被験者とやらは、誰に頼むつもりなの? 紬 (微笑む) 浅原 (首を曲げて右を見る) 佐藤・木村 (顔を反らす) 浅原 (首を曲げて左を見る) 紬 (浅原の目の前に来てにっこり笑う) 浅原 あは、あはははははは。ちょっとそれは、過激すぎる、かな? 紬 そうですか。残念です。 佐藤 僕はいいと思うけどなあ。 浅原 佐藤君! 堪忍して! 後生だから! 木村 ここは、やっぱり、アンケートを取って俺のランキングを 浅原・佐藤・紬 それはない。 木村 ……。 浅原 かくなる上は、コレしかないのか……。 木村 何ですか? 浅原 ……「突撃! 笹川教授の頭髪事情」   凍り付く一同。 木村 それは、ちょっと……。 結 そういう人の身体的欠損を突くのは……よくないことだと思います……けど……。 浅原 だってさ、そうは言ってもみんな気になるでしょ? アレ。 木村 まあ、気にならないといえば嘘になりますが……。 浅原 アレ絶対おかしいよ! 日によってボリュームがまったく違うもん。 佐藤 まあ、確かに。みんなも触れるべきなのか、触れないべきなのか扱いに困ってますし。 木村 やるならやるで徹底して欲しいですね。 紬 授業とは別の所に気を使わせるアレは罪悪ですね。集中できません。 佐藤 授業中にズレたりすると、みんな一斉に目を逸らすしね。 浅原 どういう方向性で行くかはっきりしてもらわないと、こちらとしても身動きがとれないし。……社会の暗部に鋭く切り込む新聞部としては、やはりその実態を解明するべきだと思うんだよ! 木村 スケール小さいですね……。 浅原 違う! これは、この学校の生徒……いや、ひいてはほかの教職員や購買部のおばちゃんの心の平安のために必要なものなんだ! ……そう、これこそが、我々が神から仰せつかった使命なのだよ! 結 ……えー、大事なのは分かりましたけど、具体的には何をどうするつもりで……。 浅原 ……まずは私たちが実態を把握しなければならない。 佐藤 というと……。 浅原 ……果たして、「アレ」は本物なのか……? 木村 ! 結 !! 浅原 誰にも語られることなく、半ばタブーとされてきたその事実を、我々は暴かなければならない! 木村 部長、危険すぎます……! 結 そうですよ! 浅原 ……そして、もしそれが偽物であったとしたら……。 結 あったとしたら……? 浅原 ……我々は、彼のTRUE HAIR……そのCAREに着手する。 木村 ! 結 !! 紬 なんて……大きなお世話……。 浅原 具体的なミッション内容は彼の頭部、頭皮とそこに存在する毛組織……毛髪の状況改善。キューティクルの補填、脂性の改善……場合によっては植毛も視野に入れなければならない。 佐藤 ……やめましょう。部長。そんな不毛な話は。 浅原 ……君は、部長の頭部に将来性がないといいたいのかね? 佐藤 いいえ。……ただ、ありえないIFの話には意味がない。 浅原 そうやって最初から無理だって決めつけるからこの世から争いはなくならないんだ!   浅原、席を立つ。 佐藤 落ち着いてください。 浅原 落ち着く? 君の言う落ち着くとは、君のようにひよって何もせずただ席に座っていることかね? ……それは、逃げだよ。佐藤君。私は、君のような腑抜けとは違う。……私なら、できる! この腐った世界を変えることができる! そうだ、私は新世界の神になるんだ! 真由美、行きまーす!   浅原、下手のロッカーに入る。 浅原 真由美、行きまーす!   ロッカーガタガタ。   そのうち静かになる。   佐藤、ロッカーを開ける。   そこには誰もいない。 木村 ……。 結 ……。 紬 ……。 佐藤 えーと、とりあえず部長も帰っちゃったし、今日はこれで終わりにしよっか。 木村 そうですね。(と出る) 佐藤 ……アレ、結ちゃん。 結 はい? 佐藤 これ、落ちてたけど。(ペンを渡す) 結 あ、はい。ありがとうございます。 佐藤 それって……。 結 ……はい、藤村さんのです。掃除区域に落ちてて。……後で、返してあげようと思って。 佐藤 ……そっか。 結 それじゃ、さようなら。(と帰る) 紬 (佐藤を見る) 佐藤 ……何? 紬 ……(帰る) 佐藤 ……(帰る)   四人、それぞれ帰った後。   浅原、ドアから現れる。 浅原 何てね何てね! びっくりした!? (見回して)……アレ? ……どうしよう、私がびっくりちゃった……。   暗転。 E-1   部室には木村。   相変わらずタバコを吹かしている。   ドアが開き、タバコを隠そうとするが、結だとわかりやめる。 結 おはようございます。 木村 おはよう。 結 また、タバコですか……? 木村 ああ。……いや違う。これは飴だ。 結 やめといた方がいいと思いますけど……。体にもよくありませんし……。 木村 そう言うな。一日の日課なんだ。 結 そうですか。 木村 ……藤村の話、聞いたか? 結 いえ……クラスが違うので。 木村 ……自殺したそうだ。昨日。 結 えっ。 木村 屋上から飛び降りたって。 結 ……そんな……。 木村 ……みんな冷たいよな。誰も助けてやらなかった。悲しんだり涙を流したりしてやらなかった。 結 ……でも、それは。 木村 ……。 結 仕方がないことだと……だとは言えませんけど。……彼女は、それくらいひどいことをしました。……死ぬ必要はなかったと思いますけど。 木村 ……ああ。 結 ……。 木村 ……新海が、やったんだろ? 結 ! ……姉さんは、そんなことをする人じゃありません! 木村 この学校に、新海は二人いる。 結 ……私がやったって言いたいんですか? 木村 新海がやったって言ってるんだ。 結 ……私には無理です。こんな体ですから。誰にも気づかれないようにやるなんて、無理ですし、そもそもそんなことできませんよ。 木村 ……何も、誰にも気づかれないようにやる必要はなかったはずだ。 結 ……。 木村 ……もういいよ。空しくなってくる。その鞄の中身を見せてくれ。   結、抵抗するが、あっさり取られる。   木村、ひっくり返すと中からは物的証拠が。 木村 ……これ、まさか全部掃除区域に落ちてた、とか言うつもりはないよな? 結 ……。 木村 どうしてこんなことをしたんだ。 結 …………あの人が、憎かった。それだけです。 木村 ……もう少し具体的に言ってくれないと分からない。 結 別にあなたに分かってもらわなくても構わない。ただ、知りたいというのなら説明してあげても構いませんが。 木村 ……。 結 ……。最初から、気に喰わなかった。人を平然と傷つけるようなあの女が。平気でひどい言葉を浴びせかけるあの女が。……私がどんなに望んだか分からない……その足で、人を傷つける、あの女が。 ……でも、それだけならよかったんです。別に私はそこまで良い人じゃない。他の人がどんなに傷ついて学校を辞めていったとしても、私はそんなの知ったことじゃなかった。……その目的が私に向かったとき、……最悪だった。この体のせいで人からは優しくされることが多かったから。人に攻撃されるのが、あそこまで腹が立つものだとは思いませんでした。下卑た目で私を見下し、下卑た笑いを浮かべるあの女が、憎いと思った。そして……私を……足のことで、……。人に殺意を抱いたのは、生まれて初めてでした。いや、正確には殺意じゃなかったかもしれない。私の知らない所で、私に関わりなく勝手に死んで欲しい。そう思いました。 ……一番最初は、彼女の机に落書きを。今までそんなことはしたことがなかったので彼女のものを参考にさせてもらいました。皮肉ですよね。「死ね」「臭い」「学校に来るな」……。そんなことを書いた気がします。……次の日、それを見た彼女の表情を見て、私の中で何かが芽生えるのを確かに感じました。 ……人を攻撃することが、こんなに楽しいことだとは思わなかった。彼女の気持ちがよく分かりました。それからは、大した罪悪感も感じなくなった。 木村 ……お前一人じゃ、ないんだろ? 結 ……どうしても、私だけですることには限界がありました。だから、紬を使った。彼女は私の言うことを忠実に実行してくれました。……知ってましたか? アレは私の言いなりですよ。私たちの関係も、私がそうするように命令したにすぎません。中のいい姉妹のフリです。……志村さんは 木村 志村言うな。木村だ。 結 大丈夫ですよ。私が言えば、あなたに危害を加えたりもしません。 志村 ……そうか。 結 志村さんは、どうしてタバコを吸うんですか。 志村 ……前にも言っただろ。ただの惰性だよ。 結 私、自分で自分を傷つける人が何よりも嫌いです。 志村 …………。   突然、ロッカーが音を立てる。   志村、開ける。中には浅原が。 浅原 あっ! ……その、びっくりさせようと思って……。…………。   浅原、空気に耐えかねて去る。 結 …………私を、どう思いますか。 志村 ……あんた、最低だ。 結 私も、そう思います。   結、一人で出ていく。   一人取り残される志村。暗転。 E-2   翌日。   部室には紬と、倒れている浅原。   志村が部屋に入ってくる。 志村 部長! 紬 ……遅かったわね。 志村 ……何を、した。 紬 刺したのよ。これで(包丁を見せる) 志村 殺したのか。 紬 まだ死んでないわ。これから死ぬんでしょうけど。 志村 ……何やってんだよ、あんた。 紬 ……この人は結から逃げた。 志村 それだけか。 紬 それだけで十分よ。 志村 ……妹が妹なら、姉も姉だな。 紬 結を侮辱するのなら、あなたも許さない。 志村 あんたにそっくりだと言っただけだ。 紬 ……それは、最大限の侮辱よ。結は、私とは違う。 志村 ……なぜ、藤村を殺した。 紬 あの子がそうしろと言ったから。 志村 ……やっぱり殺したのはあんたなのか。 紬 ……そういうことになるのかしら。結果的には。 志村 結果的には? 紬 ……屋上に呼び出したのは私。彼女に屈辱を与えたのも私。……でも、飛び降りたのは彼女自身の意志よ。……もう、終わりね。もう少しだけ、結の笑顔を見ていたかったけど。私にはきっと、その資格がない。 志村 死ぬのか。 紬 結はもう、壊れてしまった。私が生きている理由もない。……私、ここ、結構好きだった。   紬、自分を刺そうとする。   佐藤がロッカーから現れ、注射器を刺す。   紬は倒れる。 佐藤 ふう。危なかったね。 志村 先輩。そいつ、大丈夫なんですか。 佐藤 ん? ああ。大丈夫じゃないかなあ、多分。 志村 部長は。 佐藤 さっき救急車呼んだから、大丈夫だと思うよ。   救急車のサイレン。 結 …………。 志村 ……結。 佐藤 ……君ね、どうしてこういうこと、するかな。 結 …………それは、私がやれと言った訳じゃありません。 佐藤 そういうことを言ってるんじゃないよ。部活めちゃくちゃになっちゃったでしょ? きみのせいじゃない。 結 ……。 佐藤 よくないなあ、そういうの。和を乱すのはいけないことだよ。協調性を持って行動しなくちゃ。 志村 ……聞いていいか。 結 何が聞きたいですか? 志村 お前の、過去について。 結 ……分かりました。   スポットライト。結の回想。 結 昔、私たちの中は、よくありませんでした。生まれた日は同じ、双子なのに妹という理由でかわいがられ、姉は姉として振る舞うことばかり教えられた。それが、紬には気に入らなかったようです。 過去結 ねえ、おねーちゃん。 過去紬 …………。 過去結 おねーちゃんってば、ねえ。 過去紬 ……うるさいなあ。 過去結 遊んでよ、お姉ちゃん! 過去紬 うるさいって言ってるでしょ! 一人で遊びなさい! 過去結 おかーさーん、お姉ちゃんがいじめる! 母 駄目でしょ紬、結をいじめちゃ! 過去紬 私はいじめてなんか……! 母 あなたは、お姉ちゃんなんだから。 過去紬 …………! (立ち去る) 結 ……小学校三年生の時でした。自分で言うのもなんですけど、そのころの私は明るくて、友達も多くて、いつも一人でいた姉さんとは対照的。周りの人たちも私たちが双子だということを面白がって、そのことばかり言っていました。   結は席に座っている。周りを取り囲むように友達。   少し離れたところに紬。 友達A 結ちゃんと紬ちゃんって双子なんだよねー! 過去紬 …………。 過去結 うん、そうだよ! 友達B ええー? 嘘! ぜんぜん違うじゃん! 過去結 そうかな? 友達A だってだって、結ちゃんは明るいし、可愛いし…… 過去結 そんなことないよー。 過去紬 …………。 結 だから、あんなことが起こったのは、当然のことだったかもしれない。   過去結、遊んでいる。   過去紬、それを少し離れた場所から見ている。 結 ……遊んでいた私は、迫る車に気付かない。紬はそれが見えているはずなのに止めようとしない。……そして。 過去紬 …………結っ!   車の接触音。 結 ……結局、その事故は私の脳に致命的なダメージを与えました。もしかしたら、その時に壊れてしまったのは足だけじゃなかったかもしれない。何日も何日も、私は眠ったまま。…………その間、両親は紬を激しく責めました。   病室。結はベッドの上。 父 紬……どうしてお前は結に注意してやらなかったんだ。 過去紬 ……気付いてると思ったから。 母 紬、あなたはお姉ちゃんなのよ? どうして結を守ってあげられないの……! 過去紬 ……(去る) 母 どうしてあの子は……。(泣く) 父 大丈夫。結は、必ず戻って来るさ……。 母 結……私たちの、宝物……。 結 両親は紬を愛していないわけではありませんでした。ですが、彼らは二つのものを平等に愛せるほど、器用ではなかった。……甘え上手で人なつっこい妹と、無愛想で、不器用な姉。仕方がないことかもしれません。……私が眠りから覚めたのはそれから二週間後でした。両親は喜びました。ですが……姉さんは相変わらずでした。 過去結 ねえお父さん。私、いつになったら外にでれるようになるの? 父 もう少ししたらすぐ退院できるからね。 母 ほら、紬。 過去紬 ……(去る) 母 もう、あの子ったら。 過去結 私、早く外にでたい! 早く外にでてたくさん遊びたい! 父 あ、ああ。早くそうなればいいな……。 結 あのころ、私がその話をすると、両親は決まって顔を曇らせました。……その願いが叶わないことを、私の足がもう動かないことを、知っていたから。……足が動かせないのは、両親が私に気付かれないようにとずっとつけていた、ギブスのせいだと思っていました。 過去結 ……。 結 退院すると、私は当然それに気付いた。そして、絶望しました。もうみんなと駆け回ったりして遊べないことが分かったから。……そしてそれは怒りとなって。矛先は紬へと向かいました。   部屋。うずくまっている結。 過去紬 ……結。 過去結 ……お姉ちゃん。 過去紬 …………そ、その。ごめんなさ 過去結 お姉ちゃんのせいだよ。あのときお姉ちゃんが教えてくれなかったから、私はこんなことに……。 過去紬 ……ご、ごめんなさい。 過去結 ……こんなの、やだよ。もうみんなと遊べないのは嫌だよ。……そうだ。お姉ちゃんのと交換してよ、足。別にいいでしょ? お姉ちゃんは私みたいに友達と遊んだりしないんだからさあ! 過去紬 ……ごめんなさい。 結 …………それから、姉は優しくなった。   少し成長した姉妹。   紬が車いすを押している。 過去紬 もうすっかり秋ね。 過去結 ……。 過去紬 ほら、結。落ち葉よ。 過去結 (払いのける) 過去紬 そう言えば、今日の夕ご飯は結の大好きなシチューだって。 過去結 ……大嫌い。 過去紬 え? だって結、この前……。 過去結 紬が大嫌いだって、そう言ったの。 過去紬 ……。   スポット終わり。 結 私は、周りに人がいるときだけ、仲の良い姉妹をするようになりました。……ただでさえ引っ込み思案だった紬は次第に排他的になって、人を突っぱねる態度をとるようになっていった。……それは好都合だと思いました。紬が誰かにすがることはないと思ったから。 佐藤 で、今に至ると。 結 ……ほかに、何か聞きたいことは? 佐藤 今でも、紬ちゃんを憎んでる? 結 ……いいえ。でも、私には必要だったんです。失われた、私の足となってくれるものが。そして、その適任者は間違いなく紬だった。 佐藤 ……紬ちゃんは、それでも君を愛していたと思うよ。 結 (笑い)そんなわけありませんよ。紬は、私のことを心底憎いと思っているはずです。……でもきっと、私を捨てることはできない。そういう人ですから。……たとえ仮に、姉さんが愛していると思っていたとしても……それは錯覚です。責任感から来たものでしかありませんよ。 佐藤 ……そうかな。 結 そうですよ。 佐藤 別になんだって良いじゃない。何が原因で、とか、どういう理由で、とか。紬ちゃんが君に対して責任を感じていたとしても、それはどうでもいいことだよ。大事なのは、君たちが互いに愛し合っていたこと、それだけだよ。 結 ……私が、紬を愛している? バカ言わないでください。 佐藤 いや、君は紬ちゃんを愛している。溺愛してると言ってもいい。 結 ……。 佐藤 最初は憎かったかもしれない。憎くて憎くて仕方なかったかもしれない。でもね、君は、紬ちゃんが優しくなったとき、嬉しかったんだ。すごく、すごくね。唯一の姉がようやく自分を見てくれたから。でも同時に恐怖した。もし、自分が元のようになってしまったら、姉も元に戻ってしまうんじゃないか、ってね。だから、君は紬ちゃんをしばった。そうして彼女を払いのけることでどうにかしてその目を自分だけに向けさせようとしたんだ。 結 ……そういう綺麗な受け取り方をしたいなら、ご自由にどうぞ。 佐藤 ……紬ちゃんは、もう責任なんて感じてないと思うよ。 結 ……。 佐藤 ……責任や、憎しみが二人の間にもうなかっとしたら。……きっと、不器用だったのは君のほうだよ。 結 ……だから? 佐藤 君が意地を張るのをやめて、素直になれたとしたら、仲の良い姉妹になれるかもしれない。 結 ……無駄ですよ。   結、去る。 志村 ……とりあえず、止血しませんか、部長。さっきから血がダダ漏れですけど。 佐藤 おお、そうだね。 志村 ……本当に、大丈夫ですか? 素人目にはやばいと思うんですが。 佐藤 (止血しながら)大丈夫だよ。実際のけがは大したことない。やっぱり紬ちゃんは優しい子だね。 志村 優しい子はそもそも人を刺さないと思います。 佐藤 それに、紬ちゃん、部長のこと大好きだから。 志村 先輩の目は節穴ですか? 佐藤 それは、君のほうだよ。 F-1   暗闇に、結が一人。 結 ……私はどうしたいんだろうか。紬を、どうしたいんだろうか。……もしかしたら、佐藤先輩の言うように、仲の良い姉妹になりたいのかもしれない。今までのことなんて水に流して。……でもきっと、私にはその資格がない。……本当に、不器用だったのは私のほうだ。 ………………さようなら、お姉ちゃん。大好きだったよ。(薬を飲む) F   後日。   座っているのは、佐藤、志村、浅原、紬。   浅原と紬は焦点の合わない目で中空を見ている。   無言で何かを書いている。 佐藤 ふう。じゃ、そろそろ僕は帰ろうかな。 志村 この状況でよくそんなことが言えますね。 佐藤 そう? こんなのいつものことじゃん。 志村 いや、(ボーッとしてる浅原)だって部長は何もいわないし。 (ボーッとしてる紬)紬も何もいわないし。(空いている結の席)結に至っては来てすらいませんよ。 佐藤 いや、どこの部だってこんな感じでしょ? 志村 ……絶対に違いますよ。 佐藤 じゃ、さようなら。 志村 先輩。 佐藤 何? 志村 先輩は……異常だと思います。 佐藤 …………自覚は、あるよ。   おわり