北の領主様がドラゴン討伐を行うというお触れが回ってきたのは、その日の午後の事だ った。村の者は一様に暗く沈んだ顔をしている。俺は産まれたばかりのわが子に目をやっ た。この子は一歳まで生きられないだろう。  北の領主と西の領主の領土の中間に位置するこの村は、兵役と年貢の両方を負担せねば ならない。どちらかの領土であれば、片方を納めるだけで良いのに。つまり、男たちが兵 役に出ている間、田畑は荒れ果て、残された村人は飢えながらも高い年貢を納め続ける 事になるのだ。  妻に話しかけようとして、俺は思い留まった。子を失う事を悟った女にどんな言葉を掛 けてやれるというのだ。 「反乱だ」  マグという若者が呟いた。彼はたしか、身重の恋人と近々結婚する事になっていたはず だ。働き手である男たちがドラゴン討伐に出ていては、その恋人が無事に出産できる可能 性は限りなく低い。それに加えてこの近辺の領地には、貴族の道楽息子どもが男たち不在 の村に押し入り、初夜権と称して、臨月の妊婦であろうと相手が未婚であれば強姦する習 慣があったのだ。  鈍い音が響く。長老がマグを殴り倒したのだった。マグは地面に倒れたまま嗚咽し始め る。  俺は何も言わず、戦の道具を揃え始めた。  ドラゴン討伐は、領主にとって権力の象徴であった。まず、俺達のような強制徴用した 領民に、翼や角の生えた変種の大蜥蜴を狩り立てさせる。そして、その動物が瀕死の重傷 を負った事を確認すると、白馬に跨り吟遊詩人や絵師を引き連れた領主様が颯爽と登場し、 飾りの付いた剣で止めを刺すという段取りだ。  暗い森の中を俯いた男たちが列を成して進んで行く。皆、ボロボロの衣服を纏い、武器 を手にしていた。いや、武器とは言えないような物を持っている者もかなりいる。鋤、鍬、 鎌などはマシなほうで、動物の骨を握り締めている者さえもいた。  俺は腰に下げた太刀に手をやった。かなり古い物ではあるが、畑を荒らす野獣を追い払 う時には役に立ってくれている。  ふと横に目をやると、マグと目が合った。昨夜は泣き通しだったのだろう、長老に殴ら れた顎だけでなく、目蓋も赤く腫れ上がっていた。 「なあ、何人生きて帰れるかな?」  そう言った彼は指の関節が白くなるほど強く銛の柄を握り締めている。 「まあ、力を抜け。そのほうが生き残る確率も高くなる」  俺は素っ気無い態度で答えた。下手に期待を抱かせるよりも、一刻も早くこの状況に慣 れさせたほうがいいだろう。 「光る石に触ったら、みんな体が腐って死んじまうんだろ? ドラゴンのいる場所には大 抵、光る石があるらしいじゃないか」  マグが怯えた声で言う。光る石の事は長老や他の村の者から聞いた事があった。なんで も、ドラゴンの巣の近くには大抵暗闇で光る石があって、それに触れた者は数日で体が腐 って死に、近寄るだけでも災いがあるという事だ。俺もドラゴン討伐に駆り出されるのは 二度目だが、まだお目に掛かった事はない。 「触らなければどうと言う事はない。それよりもドラゴンを弱らせる時に爪や牙でやられ ないようにしろ」  俺は腕を掲げて見せた。 「前の討伐の時の傷か?」  マグが興味深げに聞く。 「ああ、あまりの速さに痛みも感じなかったぜ。夢中だったのもあるんだろうが」  まだマグが子供だった頃に、西の領主が行ったドラゴン討伐の時の傷だ。斥候が見つけ て追い詰めたドラゴンを寄ってたかって痛め付けている最中に、猛烈な反撃を食らい、多 くの仲間たちが死んだ。俺は腕が千切れ掛けたものの、必死に剣を振るい、領主が止めを 刺せる程度までドラゴンを弱らせる事に成功したのだった。 「心配するな。痛いと感じる暇も無く死んでるか、生き残るかどちらかだ」  俺はもう一度気休めを言い、若者の肩をやさしく叩いてやった。