「たまごやきのつくりかた」 「今日はね、テレビでおいしそうなたまごやきのつくりかたを紹介してたから、たまごやきにするね」  一日、ただただ平凡で平和だった日曜日の夕方。  私は台所のテーブルに買い物袋をおろしながら、テレビを見ていた浩二に言った。  浩二は振り向きもせずに、あくびをしながら返事をする。 「たまごやきのつくりかた……って、サニーサイドアップとか、そういうやつだろ?」 「ブー、違うよ。それは目玉焼き」  私は買ってきた品物を冷蔵庫にしまいつつ、説明を始める。 「たまごやきは、厚焼きたまごとかぁ、出し巻きたまごとか。そっちの方。  普通は溶きたまごに出汁や調味料を入れて焼くんだけど、今日紹介されてたのは……」  テレビで紹介されていた方法以外にも、持ち前の秘蔵レシピを彼に教えながら、たまごやきを作り始める。  浩二はへぇ、とかうん、とか返事をしているけど、テレビからまったく視線を動かさない。  明らかに気持ちがこもっていない。  ──適当に相槌を打っているだけじゃないの?  そんな風に感じた。  冷蔵庫の中へすべての品をしまうと、私は浩二の隣へと座る。 「……あとね、たまごやきの中にマヨを入れるのも、おいしいんだよっ!」  そう言って、彼の足をつねった。 「痛ってー!」  浩二の叫びが部屋に響いた。彼の痛がりようは大袈裟すぎる。そこまで私は怪力じゃない。 「痛ぇーって。ちゃんと聞いてたよ!」  私の手を払いのけると、恨めしそうな顔をしながら振り向いた。  つねられた部分をジャージの上から擦りながら、憎まれ口を叩く。 「でもさ、たまごやきにマヨネーズって卵に卵じゃん。そこに酢と油を足しただけだろ?  お前さ、そんなのばっか食ってるからデブるんだよ」  ──絶句。  信じられない。  最近、私が体型を気にして、こっそりとフィットネスクラブへ通い出したことへのあてつけなのは明らかだ。 「ひどい! デブじゃない! デブっていうな!」  私は一発、二発と彼の腕に容赦なくパンチを繰り出す。  脇を締め、えぐるように打つべし、打つべし。 「いててて、本気で殴るなよ。冗談なんだからさ」 「むぅ、冗談だったら言わなくていいじゃん。なんでそんなこと言うの?」  私はもう一度、最近習ったボクササイズ仕込みの腕で、彼を殴り始めた。  私の怒涛のラッシュコンボが収まらないとみるや、浩二はようやく音を上げた。 「ごめん、ごめんって。悪かったよ。そんなに怒るなよ」  そう言って、私の繰り出した腕を掴んだ。  浩二はそのままクリンチのように体を寄せてくると、耳元で囁く。 「なあ、君はもう少し太っていたっていいんだよ。君は華奢なんだから、さ」  浩二の手が優しく私の背へ回った。 「俺はね、こうやって君を抱きしめた時、いつか壊してしまうんじゃないかって不安なんだ。  だから力一杯、抱きしめることを躊躇ってしまう。  俺はもっと君を感じたい。俺の全てで君を抱きしめたいんだ。それに……」  彼が私の脇腹を撫でる。 「ちょっとくらい太っている方が、君を幸せに出来ているって証拠にもなるしね」  ……いつもの手だ。キザな奴。このナルシストめ。  そんな風に思いながらも、私は嬉しくてちょっと恥ずかしくなってきた。  ときどきクサいセリフを言う男だけど、私はそれにドキドキしてしまう。  強く、優しく抱きしめられてしまうと、もうどんなことでも許してしまいそうになる。  こんなにストレートに気持ちを伝えられてしまったら、私はどうすればいいの?  やっぱり私って甘いのかもしれないなぁ。  そんなことを思いながら、私は彼の手を振りほどいた。  赤くなった顔を見せないために、顔をそむけながら立ち上がる。  心臓の鼓動を聞かれて、私の心を悟らせないために。  私はそのまま台所へ向かい、無言で料理を始めた。  ずっと、怒ったふりを続けたまま。  テレビから流れるニュースと、たまごの焼かれていく音が部屋に響く。  浩二はテレビを見ているけど、ときどきチラチラとこちらの様子を窺っているようだ。  でも、私はそれに気付かないふりをして、料理を続けた。  料理が出来上がっても、私は黙ったまま。  私はテーブルの上に料理を並べて、「はい」と一言発しただけだった。  本当に怒っていたら、料理なんて作ったりしないのに。  こんなこと、するわけないのに。  口だけは変に上手いくせに、こんな簡単なサインを見落とすなんて、鈍感なヤツだ。  でも、こんな鈍感男だから、私はきっと……。  私が浩二の向かい側に座ると、 「おお、美味そうだな」  なんて普段よりオクターブの上がった声がした。  ほとんど口を利かない私のご機嫌伺いなのはバレバレだ。  一瞬、彼と視線が触れ合った。 「いただきまーす!」  浩二は箸を手に取って、たまごやきを口に運んだ。 「おー、このたまごやきうめー!」  浩二は私の機嫌を取り戻そうと、一所懸命になっている。  単純なヤツ。本当はもう怒ってないのに。  しかしこの男は、こういうところが愛おしい。  テーブルの向かい側で、小気味良く料理を口に運んでいる彼を見つめた。  ねぇ、あなたはどう思ってる?  こんな毎日の積み重ねが、きっと二人の大切な時間になっていくと思うの。  一緒に笑うのも、喧嘩するのも、ドキドキするのも、あなたとだからするんだよ。  こんな小さな幸せのひとつひとつが、あなたとの絆になるんだから。  ……でも、くやしいから、私はあなたに教えてあげない。  あなたがテレビを観てる時、あなたがベランダでタバコの煙を燻らせてる時。  私はあなたの背中を見つめて思うの。  そしてあなたが帰った後、私は部屋で一人思うの。  あなたに抱かれた温もりを思い出して。 「あなたが好き」  だから感じて。私の気持ち。  言葉にも態度にも表さない、私の本当の気持ちを。  あなたがおいしいと言って食べているたまごやきには、私の気持ちがこもっているから。 おしまい。