めぐ「こんにちわー遊びに来ましたー」 真紅「あら来たのねめぐ。身体は大丈夫?」 水銀燈「わたしがいるから大丈夫よぉ」 真紅「あなたがいるから心配なのだわ」 爺「こんにちわー。遊びに来ましたぞ」 蒼星石「大丈夫マスター?」 JUM「蒼星石のマスターまで来たのか」 翠星石「おじじ、こんなところまで来て大丈夫ですか」 爺「まだまだ現役じゃて」 のり「あらあら、お客さんがいっぱい」 雛苺「いっぱいなのー! 今日はパーティなのー…うゆ…?」 めぐ「あら…? なんだか、眠いわ…。薬のせいかしら」 水銀燈「そんなことないわぁ。私も眠い物ぉ。ふあぁ」 JUM「僕も…うっ」バタッ 爺「わしも」バタ バタバタバタバタバタ 真紅「ちょっとみんな。…私も…眠いわ。これは、ラプラスの魔? いえ…違う…」バタ 『下がってください下がってください』 真紅「うう…ん? 何かしら。騒がしいわね」 機械を通して聞こえてくる注意を促す声に真紅は目覚めた。 あたりを見回す。彼女以外はドールも人間も失神している。 真紅「どういう現象かしら」 『ちょっとお母さん! 近づかないで危ないから!』 真紅「うるさいわね」 騒音に真紅は眉を寄せる。マイペースに廊下を歩き、杖を使って玄関を開けた。 そしていつの間にかJUMの家を取り囲んでいた群衆を叱りつけた。 真紅「ちょっと! 他人の家の前で騒いではいけないとJUMも言っていたのだわ」 「おおーっ! 女の子だ!」 野明『遊馬ー! 女の子だよー!』 群衆のどよめきを消し去る音量で巨大なドールが吠える。 真紅は見たこともない異様な大きさのドールに面食らった。 水銀燈「あぁら、大きなドールねぇ」 真紅「水銀燈…。あなた見たことあるの?」 水銀燈「ないわよぉ。ほんとにおっきぃわぁ」 真紅の背後から覗きこむように現れた水銀燈に巨大なドールがまたもオーバーに反応する。 野明『遊馬ー! また女の子だよー! ふたりともすっごいキレー!』 遊馬「言われんでも見えとる! 君たち大丈夫? お父さんやお母さんは?」 真紅「あなた警察?」 遊馬「そうだよ、特車二課の篠原遊馬だ」 真紅「そう、お父様はどこにいらっしゃるか分からないわ。お母様はしらない。でもJUMとのりならいるわ」 真紅は耳に妙な機械をつけ帽子を被った男、遊馬に従うことにした。JUMが日頃から警察には逆らうなと言ってからだった。 遊馬「お兄さんとお姉さんかな?」 水銀燈「長女は私よぉ」 遊馬「なんでもいいから呼んできてくれ」 真紅「ついて来なさい。遊馬」 地が見え隠れする遊馬に真紅が命令する。 いかにも年下の真紅に呼び捨てにされるのは少々いらつきを覚えたが、遊馬は早期解決のため何も言わなかった。 真紅「JUM。お客なのだわ」 JUM「は…? どこのオペレーターだ?」 遊馬(なんだこりゃ。外国の子供ばっかじゃないか) のり「ん〜? お客さん〜?」 遊馬「警察庁特車二課の遊馬です。もちろん警察。一つお聞きしたいんですが、お宅はロケットとか着いてますか?」 場が凍りつく。そりゃそうだろうさ、と遊馬は自ら思った。 どうしてこんな突拍子もないことを聞いたのを説明をする。 遊馬「実はですね…今日の午後一時。四十分まえです。警察に通報がありました。空き地に家が突然現れたと」 熊耳「どうかしら篠原君」 雛苺「うゆ…? しらないお姉さんがいるのよ」 熊耳「ごめんなさいね。寝ている子たち大丈夫かしら」 遊馬は周りの状況を無視して続ける。上官にさえ反応する気は起きなかった。 遊馬「そこで我々にお鉢が回ってきたわけで。家を運ぶためでしょうね。それでどういう経緯でこうなったのかと」 JUM「そんなの知りませんよ」 めぐ「これはUFOの仕業ね」 爺「なんじゃ貴様ら! 米軍か!」 翠星石「ひっ! 変な格好した人間がいるですぅ!」 蒼星石「これは一体…」 熊耳「そんなに怯えないで。変なことはしないわ」 遊馬は腰に手を当ててため息をつく。ここにいる人間が事情を知らないなら誰にも分かるはずがないからだった。 真紅「JUM、ちょっと来なさい」 JUM「わ、わ。なんだよ!」 水銀燈「外にすごいものがあるのよぉ。めぐもいらっしゃぁい」 めぐ「何々?」 JUMが真紅に強引に外へと引っ張られる。めぐと水銀燈がそれに続いた。 真紅「あなた、あれを知っていて?」 JUM「……!!」 太田『なんじゃあ! さっきから出たり入ったり! 住民がおるならさっさと解決せんか!』 野明『きゃ〜! また出てきた〜!』 いつの間にか二機になっていた巨大なドールを見上げたJUMが絶句する。 めぐは目を輝かせていた。その間もドールたちは滑稽な動きと声で騒ぎ立てている。 遊馬「おいあんたら」 JUM「し、しらない! 僕はあんなロボットしらないぞ!!!」 真紅「そう、めぐは?」 めぐ「しらないわ。すごいのねえ今時の科学って」 遊馬(レイバーを知らない!?) 真紅「そう、決まりね。ここは私たちの世界ではないわ」 遊馬「などと意味不明なことを口走っており、連行しました」 雛苺「きゃっきゃ! すごいのー! でっかいドールなのー!」 後藤「まあ普通なら黄色い救急車に乗ってもらうところだけど」 翠星石「ちょ、ちょっとでかくてカッコイイからって図に乗るなですぅ」 遊馬「ええ、あの家がどうやって出現したのか見当もつきません」 水銀燈「のどが渇いたわぁ。ヤクルトなぁい?」 後藤「その家はどうしたの?」 野明「ヤクルトだって! かぁわぃい!」 遊馬「うちの装備じゃ無理です。進士たちがどうにか頭をひねってます。うるさいぞお前ら!」 託児所と化した特車二課のオフィスに遊馬の怒号が響く。だがドールズもレイバー乗りの泉 野明も止まらなかった。 JUMが不安げに会話に入ってくる。瞳の焦点は一点に定まっていない。 JUM「僕たちはどうなるんでしょうか?」 後藤「しばらくはうちで保護してあげもいいけど」 南雲「桜田ジュンと桜田のりなんて姉妹はこの日本には存在しないわ。彼らが世間で生きていくことは常識的には不可能よ」 後藤「だた住宅から出てきた身分証やなんかは本物にしか見えない、か。お返しします」 後藤が封筒に入れた私物をのりに手渡す。のりは一礼し、苦笑しながら言った。 のり「ほんとみんないさせてもらっちゃってすいません〜」 後藤「あーいえいえ、いいんですよ」 遊馬「一生養うなんてことは無理です」 南雲「だけど放り出すなんてこともしないわ。今日のニュースは彼らで一杯になる」 後藤「ま、そっちの方はエライさんの仕事。僕たちの仕事は原因究明」 遊馬「そっちも俺たちの仕事であるかどうか」 真紅「JUM、だっこしてちょうだい」 厭味な視線を真紅に向けていた遊馬が慌てて顔を正面に向ける。 いまだ動揺が収まらないJUMは逆らわずに従った。 真紅「後藤、私たちは他の世界から来たのよ。遊馬、紅茶をいれて頂戴」 遊馬「なにをこのクソ餓鬼! いたっ!」 真紅の杖が遊馬の額を打つ。視線を後藤に向けたまま真紅が再度遊馬命令した。 真紅「クソ餓鬼ではないわ。速くしなさい」 遊馬「くそ。チビじゃなくぶん殴ってるぜ…」 南雲「口を慎む」 後藤「気の強いお嬢さんだなぁ。たしかにちびっ子たちは日本人には思えないけど」 真紅「そういうことではないのよ。では私たちがこの世界の住人であると仮定した場合、どんな説明が成り立って?」 後藤「……真紅ちゃん。俺だけが納得してもだめなのよ。俺よりエライ人が納得して理解しないと」 蒼星石「理解させるのは無理です。僕たちだって飛んだ理由はわからない」 後藤「それじゃあだめだなぁ…ま、君たちが住所不定にしろ異世界から来たにしろ疑いの目は変わらないさ」 真紅「必死になるなということ?」 後藤「楽にってことだよ。五歳児をほっぽりだす隊長を許すほどうちの連中は薄情でないから」 JUM「…ありがとうございます」 南雲「ちょっと、後藤さん…」 南雲が後藤の肩を引っ張る。マジメな顔から一転後藤はいたずら好きの子供のような表情を浮かべて答えた。 後藤「なーに、南雲さん。夜のお誘いならあとで」 南雲「あれ…」 普段、冷静な南雲の顔がひどく引きつっている。後藤は訝しみながら南雲が示した方向を見た。 野明「ほら水銀燈、ヤクルトだよ!」 水銀燈「あぁら、野明ぁ、気がきくのねぇ」パタパタ 野明「えへへー」 水銀燈が羽根で浮き上がりながら嬉しそうにヤクルトを受け取っている。 野明は平然としているが、後藤と南雲には信じられない光景だった。JUMは手で額を抑えていた。 後藤「えーっと真紅ちゃん、蒼星石ちゃん。君たち…人間じゃない?」 蒼星石「え、ええっと…あはは」 真紅「ええ、そうよ。私たちはローゼンメイデン。誇り高きお父様の人形なのだわ」 遊馬「わっ! おい野明、お前なにやってんだ!」 野明「へ?」 遊馬の驚きの声の後、カップが床にあたり甲高い音をあげ四散する。 後藤は書き上げた報告書に目を落とし、初めてため息をついた。 後藤「やっかいなことになった」 太田「太田巡査ただいま戻りました、わっ!」 太田が飛び上がる。下着姿の幼女五人があたりを徘徊しているからだった。 太田の後ろに佇んでいた熊耳が片眉を上げる。 熊耳「南雲隊長、これは?」 南雲「簡易の健康診断よ。太田君、他の男子は自主的に消えたけれど?」 太田「りょ、りょうかいしましたー!」 雛苺「なぐものぼりー!」 半裸の雛苺を頭に乗せた南雲が促すと、太田は跳ねるよう逃げていった。 熊耳がため息をつく。南雲が間抜けなのもその原因の一つだった。 熊耳「そんなことは病院で…」 南雲「そうもいかないのよ」 野明「あ、おたけさーん」 お手玉をもって幼女や少女と戯れる野明を熊耳は無視する。 取り込まれたらならば脱出できないと思ったからだった。 熊耳「特別だということは聞きました。ですがこんなことをやる意味が」 南雲「それがあるのよ。このデータ見て。体温があり頬も染まり身体は柔らかい。もちろん言語能力も充分にある」 熊耳「そうでなかったら死人です」 南雲は眉間を揉んだ。理性的な熊耳にこれを説明するのは骨だと思った。 南雲「でも血がないの」 熊耳「…え?」 南雲「そして見て」 雛苺「うゆ?」 頭に乗っかっていた雛苺の脇に手をやり、熊耳の前に差し出す。 熊耳は訝しみながら顔を近づけた。 南雲「この子たちの関節どう見ても人工物だわ」 熊耳「……の、の、の」 南雲「どうしたの?」 熊耳「呪いの人形ー!!!」 熊耳「呪い、呪い…」 後藤「あーお化けじゃないから」 未だ震える熊耳を宥めながら後藤は南雲がまとめた報告書に目を落とす。 眼前にはこの事件に関わった全員が居並んでいた。 水銀燈「そんなに怯えちゃってぇ。乳酸菌とってるぅ?」 熊耳「ひっ…!」 太田「話というのはなんでありますか!」 いつものように太田がまっさきに切り込んでくる。一課の、南雲の部下には退出してもらっていた。 知る人間を増やす必要はないと後藤が判断したからだった。 後藤「うーん、とねぇ。端的に言っちゃえばそこの子たちは自分の意志で動く人形なんだわ」 真紅「あら、そこは信じるのね」 後藤「そうとしか思えないからねぇ」 遊馬や進士たちがぴくりと反応する。野明と太田は無反応だった。JUMやドールズたちは居心地が悪そうにしていた。 ただめぐと爺だけが将棋を打っている。 後藤「しかも整備もプログラムも必要なく、無限に動き無限に学習する。ソフトだけならレイバーは比じゃない」 遊馬「まあうちの親父なら歓び勇んでこいつら持って帰るでしょう」 篠原重工社長の息子である遊馬がそう口にした時点で、太田と野明もことの重要性に気が付いた。 めぐ「王手」 爺「ま、待った」 めぐ「またん!」 南雲「この子たちどうするの?」 後藤「保護する。報告書には真実を書かざるを得ないけどね。少なくとも一般人には渡せない」 JUMは唇を噛んだ。後藤の言は政府の人間には逆らえないと言っているようなものだからだった。 重い空気に耐えかねて、口を開いたのはまたしても太田だった。 太田「こんなチビどもがそんなに重要とは思えません! よわっちそうじゃないですか!」 後藤「お前、俺の話聞いてた?」 太田「きいとりました!」 翠星石「ぶ、無礼ですぅ! ゴリラ人間!」 太田「なんじゃと!?」 翠星石「ひぃ!」 熊耳「やめなさい太田君。それにたとえこの子たちが弱くてもレイバーに積めば圧倒的に強くなるわ」 復活した熊耳が太田をたしなめる。真紅が微笑みながら告げた。 真紅「あら、太田。私たちはあなたより強いわよ」 太田「なんだとぉ! そんな華奢な身体のどこがじゃあ!」 遊馬「やめろよみっともねえ」 野明「そうだよ太田さーん」 太田「貴様らはだまっとれ!」 真紅「じゃあ、試してみましょうか」 太田「よし! 相手はお前かぁ!?」 道場で柔道着に着替えた太田が同じく子供用のそれに着替えた真紅を睨む。 真紅の横には同様に着替えた南雲と後藤を覗く全員が正座していた。 真紅「私が相手をするまでもないわ。雛苺」 雛苺「うゆ?」 真紅「あなたが相手をなさい」 雛苺「雛が!? やー! 怖いのー!」 真紅「大丈夫よ。太田、雛苺は技などしらないから叩いたり蹴ったりしてもいいかしら?」 太田「ふはは! そんなチビの攻撃なんぞきかんわ!」 熊耳「情けなさの極みだわ…」 のり「ヒナちゃんがんばれ〜」 真紅に気圧され、雛苺がよたよたと中央に歩み出る。太田は直ぐさま構える。 熊耳も審判として立ち上がった。本人は審判というより止める係のつもりだった。 蒼星石「大丈夫かな?」 真紅「大丈夫よ」 熊耳「え〜、気乗りはしないけど…」 太田「早くしてください!」 雛苺「うう、怖いのよ…」 熊耳「はあ…はじめ!」 雛苺「ええい!」 開始の合図と同時に雛苺が拳を前に出しながら畳を蹴って突撃する。 その速さたるや鷲のごとくであった。太田の毛穴から汗が噴き出す。 太田(速い! 拳を払って…) 手で雛苺の拳を受け止めようとする。だが雛苺の腕は蛇のようにうねりそれを避けた。 太田が呻き声をあげると同時に雛苺は身体ごと太田の腹埋まった。 太田「がっ…!」 遊馬「いっ!?」 野明「へっ?」 熊耳「!」 雛苺は拳で太田の巨体を持ち上げるような形で静止している。当の太田は白目を剥いて気絶していた。 特車二課の面々が絶句する中、ドールズたちは喝采を上げていた。 翠星石「よくやったですぅ!」 JUM「いいぞ雛苺ー!」 爺「空手チョップじゃ〜」 真紅「次、水銀燈対遊馬」 遊馬「なんで俺の方が強そうなんだよ!」 めぐ「水銀燈! 容赦なく殺しなさい!」 太田「うっ…ううん…」 雛苺「おおたー。目をさますのよおおたー」ペチペチ 太田は雛苺に叩かれながら目を覚ます。 彼はすぐに怒鳴ろうとしたが、自分が負けたことに気づき押し黙った。 太田「起きとる……」 雛苺「よかったのよー」 蒼星石「はっ!」 熊耳「やーっ!」 道場では蒼星石と熊耳の剣道の試合が行われていた。熊耳が互角に戦っていることを知り太田は自分に絶望したくなる。 雛苺「安心するのよ。太田だけじゃなく遊馬も負けたのよ」 太田「どこに…」 雛苺「?」 太田「どこにあんなパワーがあるのだ?」 雛苺の脇に手を入れ、持ち上げる。 ばんざいするような形になった雛苺はただの少女にしか見えなかった。 雛苺「うゆ…」 野明「あー! 太田さんが雛苺ちゃんに手ぇー出してるー!」 遊馬「へんたーい!」 太田「ちがわい!」 熊耳の試合が終わったら今日は一日指導を頼もう。太田はそう決めた。 南雲「それで?」 後藤「いや、びっくり。太田も遊馬も一撃だったわ」 南雲「あなただったら勝てるかもしれないわよ?」 後藤「買いかぶらないでちょうだいな。俺はどんな警官でも一撃で倒すなんて無理よ」 オフィスで茶を飲みながら二人きりで会話する。 騒がしいのが全員道場にいっているからひどく静かだった。 南雲「これでまた彼女たちの価値があがったわね」 後藤「そうね。量産体制が整えば特殊部隊員だっていくらでも作れるわ」 南雲「できるとは思えないけど。あんな仕組み理解できないわ。まるで人間のよう」 後藤「そうだけどねぇ…。それを」 『できると思うのが技術屋だよ』 内海「だよねぇ♪」 耳にヘッドホンを当てた恵比寿顔の男が特車課からの音声に相づちを打つ。 そのひどく嬉しそうな上司を見て、眼鏡の男が苦笑した。 黒崎「盗聴して嬉しそうですね内海さん」 内海「そりゃそうだよ黒崎くん。これはねえ、歴史に名を残すチャンスだよ」 後藤「う〜む」 後藤は鼻の下にボールペンを挟み、素足を机に乗せて唸っていた。 外は既に月が昇っていたがそれほど暗くもない。闇が都会の光に押し負かされているのだった。 後藤「さて、どうしたものか」 ゴミ箱に捨てた旧報告書に目をやる。まだこの案件の重要性を把握していない時にさらさらと書いたものだ。 内容は端的に言ってしまえば、私らにはよくわかりませんから上にお任せしますよ、という人任せなものだった。 だが、今は状況が違う。そんなことをしたらすぐにドールズの特異性に政府は気づく。 そうしたら彼女たちに宿っている人格は全て無視され人類の進歩のための礎となる。 後藤(警察の中でのらくらするのには慣れてきたけどね。まさかこの年でお上をごまかさにゃならんとは) 後藤としても少女、少なくとも形は、を実験室に送り込むような真似はできなかった。 だが匿うことも逃がすことも不可能に近い。彼らには就労することもできないのだから。 後藤「結局のところほんとのこと書くしかないみたいね」 熊耳「そうですね」 後藤「どうもどうも」 熊耳がお茶を置きながら相づちを打つ。真実を分かり易く書くしか道はないのだ。 確かにすぐさま情報は伝わるが政府は足踏みするはずだ。第一に前例がない異常事態だから。 第二に警察官を一撃で倒すような五人組みは間違いなく抵抗するからだった。そこも含めて真実を書く。 そうすれば数ヶ月の時間は稼げるはず、そう後藤は考えた。 後藤「あんまり誇張しすぎるとなあ」 熊耳「その辺りの手加減は隊長が一番」 遊馬「ちっきしょー!」カランカラン 金属製の缶のようなものが転がる音と遊馬が悔しがる音が会話の邪魔をする。 後藤は平然としていたが熊耳は眉をひそめた。 熊耳「ちょっと篠原君」 後藤「いいっていいって。俺が見てくるから熊耳は仕事終わらせて」 熊耳「は、はあ…わかりました」 声のした医務室に後藤がいってみるとジュースの缶を踏みつけた遊馬と、ベットに座っているめぐと水銀燈がいた。 めぐは病弱だということなのでここのベットをあてがっていたが今は楽しそうに笑っている。 遊馬「いーち! にーっ! さーん!」 水銀燈「あら後藤ぉ。あなたも遊びに来たのぉ?」 遊馬「え!? あ、た、隊長!」 ふてぶてしく数を数えていた遊馬が電気でも流されたかのように敬礼の格好をとる。 後藤は顔をしかめて尋ねた。 後藤「なにしてるの」 水銀燈「缶蹴りよぉ。私とめぐは見学ぅ」 めぐ「遊馬さんってば弱いんですよ」 後藤「みんなで?」 水銀燈「おじじとぉ、JUMとのりは寝ちゃったわぁ。疲れたみたいねぇ」 後藤「一番騒がしいのは散らばってるわけね…。遊馬、今日は夜勤」 遊馬「反射神経と犯人逮捕のための能力を鍛えるため日常的な遊戯を訓練に昇華したのであります!」 後藤「…あ、そ…」 後藤が子守を黙認した瞬間、扉から一つの青い影が飛び込んでくる。 遊馬はほとんど反射的に缶を踏み、叫んだ。 遊馬「蒼星石めっけ蒼星石めっけ蒼星石めっけー!」 翠星石「無駄ですぅ!」 遊馬「ああ!?」 蒼星石の服を着た翠星石が缶を蹴り飛ばす。乾いた音が医務室から響いた。 後藤の脳裏にそわそわとこちらを見ている熊耳が浮かぶ。 遊馬「てめえ! ズルイぞ!」 翠星石「作戦ですー。見破れないほうがわるいんですぅ」 蒼星石「残念だったね」 翠星石と服を取り替えた蒼星石が苦笑しながら出てくる。その後ろには野明もいた。 野明「あはは! また遊馬の負けー!」 後藤「泉…お前まで」 野明「た、隊長!? えーっと、これは、そのー」 後藤「あーあー、いいよいいよ。ただし疲れは残すなよー」 翠星石「さすが上に立つ者は器がデカイですぅ」 水銀燈「ほめてあげるわぁ、後藤」 後藤「お褒めの言葉ありがとさん」 後藤踵を返しデスクへと戻る。頭は報告書の文面を考え続けている。エースにボイコットされてはたまらないからなと思った。 その背後ではドールズと遊馬たちが楽しそうに遊び続けていた。 熊耳「三番地区で労働者による立てこもり発生! ヘラクレス二機を所持しているようで暴れ回っています!」 後藤「よーし。特車二課出動」 後藤の声に全員が背筋をのばして返事をする。それぞれの持ち場に駆けた時は既に全員がプロの顔になっていた。 野明は自分のイングラムの元へと走った。途中榊と話している蒼星石と雛苺に笑いかける。 榊「出動か?」 白髪のサングラスと帽子を頭に乗っけた柄の悪い男が問いかける。泉は腕を上げて応えた。 泉「そー! おやっさんヒナちゃんや蒼星石ちゃんいじめちゃだめだよー!」 榊「だれがこんな小動物いじめるか! 完璧に整備してある行ってこい!」 雛苺「のあー! アイトアイトー!」 蒼星石「あ、でも今は…」 野明「へ…?」 イングラムのコックピットを開けた野明が凍り付く。しばらくして額に手を当ててうつむいた。 どうやら困っているようだ。下から遊馬の叫び声が響く。 遊馬「なにしてんだ野明!」 野明「じ、じつは」 熊耳「早くなさい!」 野明「わかりましたー! ……え〜い!」 ベットにでも飛び込むかのようにコクピットに乗る。後藤が指揮車に乗り込みながら無線に語りかけた。 後藤「泉ーいいかー? 特車二課出動するぞー」 現場は酷い状況だった。レイバーでない重機が無数に転がっている。 それらはたとえ引き起こしたところで使い物にはならないような具合だった。 特車二課が待機している百数メーター先に作業用レイバーであるヘラクレス二機が工事現場を陣取っている。 イングラムよりずんぐりとしたその巨体は周りを威圧するには充分だった。 『労働条件改善ー!』 『給料をあげろー!』 鉄骨を振り回しながらそんな主張をするレイバーはもっとも危ない。 すでに周囲にはレイバー搭乗者に同調した人間と警察しかいなかった。 後藤『えー、レイバーを降りて投稿しなさーい。暴力に訴えてはいけませーん』 『黙れ! 政府の犬が!』 後藤「……やっぱこういうのが一番多いよねぇ」 熊耳「やはり手元にレイバーがあるわけですから。制圧するわよ、太田君泉さん」 太田『了解しました!』 野明『相手のレイバー強そうだなぁ』 野明が無線で弱音をこぼす。遊馬が片眉を上げて叱るように応えた。 遊馬「なに弱気になっとるか。あれは昔の第一小隊が総出で止めたんだぞ」 野明『なら一層だめじゃないの!』 遊馬「ばかもの。イングラムの方が性能が段違いにいいだろうが」 野明『でも今日は』 遊馬「なんで今日に限って弱気になっとるシャキっとしろシャキっと」 真紅『レディには優しくなさい遊馬』 二課の面々が大きくどよめく。特に熊耳の目尻はいらだたしげにけいれんしていた。 遊馬「真紅おまえイングラムに乗ってるのか!?」 水銀燈『私も乗ってるわよぉ』 進士「泉さんどうも動きがぎこちないと思ったら…」 山崎「あんな狭いところに三人もいたらろくにうごかせませんよね」 太田『こらぁ泉ぃ! お前たるんどるぞ!』 野明『私が乗り込ませたんじゃなくて勝手に乗ってたんだよぉ〜!』 第二小隊が演じる失態に本人たちもため息をつく。後藤が川越しに位置するテレビ局のカメラを尻目に無線機にささやいた。 後藤『とりあえず泉も銀ちゃんも真紅ちゃんも待機。太田、一人でいけるな?』 太田『もちろんです!』 真紅『ちょっと野明。あそこにいるドールは何なの?』 真紅が唐突に問いかける。後藤は面倒な事態になるな、と早々に諦めた。 この人形たちが何かいって聞くような質ではないと二課の誰もが既に知っている。 野明『あのレイバーはねぇ、悪い人達に操られてるんだよ。それを私たちが止めるの』 水銀燈『喧嘩しちゃうのぉ? 両方ケガするわよぉ、危ないわぁ』 野明『だよね!? でも、止めないと周りに迷惑だから』 真紅『ドール同士で喧嘩するなんてナンセンスだわ。開けなさい野明』 遊馬「馬鹿野郎! 何する気だ!」 焦った遊馬が怒声をあげる。後藤も制止する。 後藤「危ないからそこにいてくんないかな?」 野明『そうだよ! 二人よりも力が強いんだから!』 水銀燈『ローゼンメイデンより強いドールなんているはずがないわぁ』 真紅『いいから出しなさい!』 野明『あ、ちょ、あーっ!』 イングラムはしばらく無意味な動作を続けた後に、胸部から二人の少女をはき出す。 対岸でざわめきが起こる。後藤は瞬時に諦めた。 遊馬「なにやっとるんだばかもの!」 熊耳「戻りなさい二人とも!」 太田『こらぁ! 貴様らぁ!』 第二小隊の面々が叫ぶが銀と赤の人形は空中を舞いながら暴れる二体のレイバーへと向かう。 レイバーもことの異常さに気づき、動きを止めた。 『なんだぁ?』 真紅「水銀燈、あなたはそっちを頼むわ。私はこっちを」 水銀燈「わかったわぁ」 『ど、どこにワイヤーが』 水銀燈「ちょっとぉ、あなたぁ」 『なんだよ?』 水銀燈「めっ!」 人差し指を突き出し叱りつける水銀燈。呆然とするレイバーにさらに近づき、腰に手を当てる。 水銀燈「みんなに迷惑かけちゃだめでしょぉ?」 『お前に言われる筋合いは』 水銀燈「あなたじゃないわよぉ。ドールのき・み!」 『はあ?』 水銀燈「え? なになに? そぉ、無理矢理ぃ? ひどいわねぇ」 『???』 一人で会話を進めていく水銀燈に乗り手は混乱する。 まるでレイバーと話しているかのような少女をどう扱っていいか分からない。 コクピット内に大きく映し出されたその顔は、本当にレイバーを慰めているようだった。 水銀燈「人間って自己中よねぇ。え? しかも本当の持ち主じゃない?」 『な、なんで無理矢理奪ったことを知ってるんだ?』 水銀燈「そうなのぉ。なら言うことなんか聞かなくていいわぁ」 『は? うわ!』 水銀燈がレイバーの装甲に手を当てて微笑む。 その瞬間、乗り手が握りしめていた操縦桿が勝手に動いた。 レイバーは自分の意志で足下に置いてあった鉄骨を持ち上げる。 『なんだあぁ!?』 渾身の力を込めて操縦桿を動かす。だが乗り手の意志は伝わらず、レイバーは自儘な行動を続ける。 数百キロはあろうかとういう鉄骨の束を両手で持ち上げ、水銀燈に見せつけるように掲げる。 水銀燈も同じような格好をとり笑顔で応えた。 水銀燈「あらぁ力もちねぇ。元気元気」 『そんな馬鹿な……』 乗り手の嘆きも空しくレイバーは鉄骨を上下させて力を誇示している。どことなく笑っているようにも見えた。 レイバーを頼りにしていた足下の労働者たちがざわめいている。水銀燈は笑っていた。 水銀燈「うふふ。いい子ねぇ」 真紅「こっちも分かってくれたわ」 もう一体のレイバーは手に一つづつ自動車を持ち、ダンベルのように動かしていた。 外部マイクから漏れ出る乗り手の混乱っぷりが痛々しい。 水銀燈「みんな喧嘩しないでよかったわねぇ」 真紅「そうね。本当のマスターが乗っていたら言うことは聞いてくれなかったかもしれないけれど」 力自慢を続けるレイバーと空中で語り合う人形。テレビカメラはお茶の間にそれを流し続けている。 後藤はたばこを吸いながら笑った。 後藤「あーあー制圧しちゃったよ。イングラムいらずだねぇ」 遊馬「笑い事じゃないですよ! あんな……」 熊耳「警官隊突撃しました。隊長、テレビは生放送です」 後藤「叱られるのは俺の役目。気にしなくていい」 太田『ひ、ひとの仕事を取るなー!』 太田の叫び声が木霊する。事態は悪化し続けていた。 全員がオフィスに集められた。南雲も、ミーディアムの面々も、のりもいる。 そこにある全ての視線が中央に座っているドールズに集められた。 翠星石「み、見るなですぅ」 遊馬「別にお前に興味があるわけじゃねえよ」 翠星石「うるせえです口悪人間!」 遊馬「なんだとー!?」 野明「翠星石ちゃん相手に喧嘩するのはやめなよー!」 進士「えーっとですね。レイバーを……操れるんですか?」 真紅「いいえ、操れないわ」 太田「運動させとっただろ!」 真紅「あれは彼らの意志でやったことよ。嫌がることはさせられないの」 後藤が顔をゆがめる。南雲が眉をしかめながら質問を放った。 南雲「あなたたちはレイバーと意志疎通ができるの?」 蒼星石「僕たちはドールとなら会話が出来るんです。力を与えて動かすことも」 水銀燈「でもぉ、ドールはマスターに逆らわないわぁ。マスターのためにしか動かないのよぉ」 南雲「……人形に魂が宿っているというの?」 雛苺「ヒナたちだってドールズなのよー?」 南雲「そうね、そうだったわ……」 進士「マスター、つまり持ち主のためなら戦うと?」 真紅「人間がいうところの所有権じゃないわよ。愛情を注いで、大切に扱って、はじめてマスターと思われるの」 熊耳「技術応用は難しそうね」 後藤「でもお偉いさんはそうは思わない」 渋面を作った後藤が呟く。めずらしく困り果てた様子だった。 後藤「部長からひどく怒られたんだけどね、テレビの件。どうも様子が可笑しかったのよ。自分の意志で動いてる風じゃない」 熊耳「どこかから圧力が?」 後藤「少なくとも君たちの存在を機密にしておきたい人間がいるってことだ」 蒼星石「どうしてですか?」 後藤「愉快なことにじゃない。だから君たちもう少し大人しくしてくれないかな」 雛苺「でも喧嘩してはいけないってJUMもいってるのよー」 JUM「こ、こら」 真紅「ドールズ同士の壊し合いを見過ごせないわ」 翠星石「そうですぅ! それに翠星石が手伝った方がお前らも楽になるはずですぅ」 後藤が俯いて大きくため息をつく。 再度顔を上げるとその視線はドールズたちを睨み付けていた。翠星石や真紅はおもわずたじろぐ。 後藤「そんなにJUM君やめぐちゃんと離ればなれになりたいかい?」 水銀燈「え……」 めぐ「そんなことはぁぁぁぁ、この私があぁぁぁぁぁ! ごほごほ、オエ、オエェェェ!」 水銀燈「めぐ! 大丈夫!? めぐ!」 真紅「わかったわ後藤。大人しくしておくわ」 後藤「ありがとさん」